第44話「鏡と睨めっこ」

「お、は、よ、う。お、に、い、ちゃ、ん」


 次の日、朝早くにエマちゃんが俺の部屋を訪れてきた。

 今日は一緒に遊びに行く約束をしていたため、どうやら待ちきれずに来てしまったようだ。

 昨日は拗ねて寝てしまったと聞いて少し心配していたが、この様子を見るに杞憂だったらしい。

 幼い子は切り替えが早いし、寝て忘れてしまったのかもしれないな。


「お、は、よ、う」


 俺もエマちゃんと同じようにゆっくりと挨拶を返す。

 するとエマちゃんは、やっぱり凄く嬉しそうに笑ってくれた。


『んっ』


 エマちゃんのかわいい笑顔に癒されていると、エマちゃんが両腕を広げて俺の顔を見上げてきた。

 これは《だっこして》というエマちゃんの合図だ。

 会うたびに抱っこを求められているため、もう覚えてしまった。

 俺はエマちゃんの小さな体に腕を回し、落とさないようにしっかりと抱き上げる。


『えへへ、おにいちゃん』


 要求通り抱っこをしてあげると、エマちゃんは甘えるような声で頬ずりをしてきた。


 この子は本当に抱っこが好きだよな。

 いつも抱っこするたびに上機嫌に頬ずりをしてくるし、甘えん坊なのだろう。


 まぁ嬉しいから全然問題はない。

 それよりも、シャーロットさんはいったいどうしたのだろう?

 エマちゃんが来た時にはいなかったようだけど……。


『ねぇエマちゃん。シャーロットさんはどうしたの?』


 普段なら絶対に妹に付いて来る姉がいない事に疑問を持った俺は、今もなお頬ずりをしてきているエマちゃんに聞いてみた。


『んっ……? ロッティーはね、ずっとかがみとにらめっこしてる』

『鏡と睨めっこ?』


 なんだそれは?

 シャーロットさん、一人で何をしているんだろう……。


『うん! だからね、エマはひとりできたの!』


 まるでほめてほめてと言わんばかりに自慢げに言ってくるエマちゃん。

 多分一人で来た事を褒めてほしいんだろう。

 誇らしげな態度はかわいいのだけど、今後の事を考えると素直に褒めてあげられない。


『エマちゃんはまだ幼いんだから、一人で出歩くのは駄目だよ? お外は危険がいっぱいなんだからね?』


 一度、家を抜け出して一人で出歩いた前科があるため、同じ事を繰り返さないよう俺は注意をした。

 この子は外国人の上に幼くて凄くかわいい。

 一人で歩いていれば変な奴に狙われやすいはずだ。

 もしこの子がいなくなれば、シャーロットさんは絶対に塞ぎ込んでしまう。

 何より、俺自身もかなりショックを受ける。

 万が一にもそんな事態にだけはなってほしくない。


『だめ……?』


 俺に注意されたのがショックだったのか、エマちゃんは目をウルウルとさせながら上目遣いに俺の顔を見つめてきた。


 うっ……めちゃくちゃ罪悪感が込み上げてくる……。

 まるで弱いものいじめをしているかのようだ。

 この子がする涙目の上目遣いは反則だと思う。


 しかし、この表情に負けるわけにはいかない。

 エマちゃんを危険にさらすわけにはいかないのだ。


『うん、危ないから駄目だよ。外に出る時は、シャーロットさんや親の人と一緒に出ようね?』

『むぅ……はぁい……』


 不満そうではあるが、エマちゃんはちゃんと頷いてくれた。

 幼いのに聞き分けがよくていい子だ。


『よしよし、エマちゃんはいい子だね』

『えへへ』


 頭を優しく撫でて褒めると、涙目だったエマちゃんの表情が笑顔に変わる。

 こういうところはやっぱり子供だよな。


 ――ピンポーン。


 エマちゃんの頭を撫でていると、家のインタホーンが鳴った。

 おそらくシャーロットさんが来たのだろう。


『あっ、やっぱり……!』


 エマちゃんを抱いたまま外に出てみると、予想通りシャーロットさんがドアの前にいた。

 頬を膨らませて怒っているように見えるのは、きっとエマちゃんが一人で俺の家に来ていたからだろう。

 気が付けば妹が家からいなくなっていればそれも当然だ。


 ただそれよりも――シャーロットさん、凄くかわいいな……。


 上は黒色の服に、下はピンクのスカート。

 どちらもシンプルな物にもかかわらず――いや、シンプルだからこそ、シャーロットさんの魅力が引き立てられていた。


 特に黒色の服はシャーロットさんの綺麗な銀髪を更に魅力的に見せている。

 黒色を基調とした服を着ていたのには驚いたが、よく似合っていて本当にかわいい。

 それに黒色のタイツを履いているのと、顔に薄く化粧をしているせいか普段よりも大人っぽく見える。


 エマちゃんが言っていた《鏡とにらめっこ》という意味がわかった。

 シャーロットさんは今日俺と遊びに行くためにお洒落をしてくれていたのだ。

 彼女にとっては友達と遊びに行くためにお洒落をしただけかもしれないが、それでも俺は嬉しく思う。


『もう、だめでしょ! なんで一人で行っちゃうの!』


 俺の腕の中にいるエマちゃんに対して、シャーロットさんがプンプンと怒っている。

 逆にエマちゃんはプイッとそっぽを向いてしまった。


『ロッティーがおそいのがわるいもん!』

『待たせたのは悪かったと思うけど、一人で行くのはだめだよ! 後、約束の時間までにはまだ一時間もあるんだからね!』

『おにいちゃんだからいいもん! エマははやくおにいちゃんとあそびたいもん!』

『よくないよ、青柳君に迷惑でしょ! それにお着替えもしないで……!』


 俺の事なんてそっちのけで言い合いを始めるベネット姉妹。

 まぁ喧嘩するほど仲がいいという言葉もあるし、この姉妹なら酷い喧嘩に発展する事もない。

 なんだかんだいって最終的には仲直りしているだろうから、ここは好きにさせておこう。


 今もなお言い合いをする仲良し姉妹を見つめながら、俺は今日の予定に考えを巡らせる事にした。


 ――ちなみにこの後は、エマちゃんは一旦シャーロットさんに連れて帰られ、その後とてもかわいい服を着て出てくるのだった。

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