第43話「もう一つの約束」

『ロッティー、おかいものいくの?』


 身支度をしている私を見て、エマがテクテクと歩み寄ってきました。

 幼い子が頑張って歩く姿はどうしてこんなにもかわいいのでしょうか。

 私は膝を屈めてエマの目の高さに自分の目線を合わせ、笑顔で口を開きます。


『うん、そうだよ。明日着て行く服を買いに行くの。エマの分も新しいの買おうね』

『わ~い! あたらしいおようふく!』


 エマは幼くても、しっかりとした女の子です。

 やはり新しいお洋服を買えるとなると喜びます。

 さて、今日はどのようなお洋服を買ってあげましょうか。


 ――基本エマの私服は私が選んでおります。

 この子に任せていると全ての服を買いたがるという事もあるのですが、何を着させても凄くかわいいという事が一番の理由です。

 例えば白とピンクを基調としたフリフリが付いた服を着させますと、まるで天使が舞い降りたかのようなかわいさになります。

 逆に黒を基調としたシンプルな服を着させますと、地毛の銀色と相まってまた天使が舞い降りたかのようなかわいさを解き放つのです。


 つまり、何を着させても天使みたいにかわいいという事です。


 最近はお出かけ用の服をエマは着ていませんが、もしお出かけ用に身支度を整えればきっと青柳君も悩殺する事になるでしょう。


 ……待ってください。

 それはそれで困る気がします。

 エマばかり注目されると私が悲しいです。


 普通なら一緒にいる私の事も少しは意識してくださると思いますが、とある情報網(音楽の先生)から頂いた情報によると青柳君はロリコンらしいです。

 このままでは明日私は無視される事になるかもしれません。


 それだけは、さすがに嫌です。


『ロッティー、ロッティー。これ、どぉ?』

『えっ? ――っ! か、かわいい……!』


 私が一人考え事をしていると、いつの間にか傍を離れていたエマが私の服の袖を引っ張ってきました。

 そしてそこには、とてもかわいい天使――いえ、猫天使がいたのです。


 ――エマは水色を基調としたモコモコの服に身を包み、白色のミニスカートをはいております。

 それだけでは飽きたらず、どうしてかわかりませんが猫耳のカチューシャを頭に着けていたのです。

 猫耳のカチューシャを買った記憶はありませんが、似合ってて凄くかわいいので問題なしですね。


 でも、どうして自分から外行きの恰好をしているのでしょうか?

 普段なら私が言うまで寝間着でいますのに。


『とてもかわいいね、エマ。それに自分から外行きのお洋服に着替えるなんて偉いよ』

『うん! だってきょうはおにいちゃんとあそびにいくもん!』


 エマは嬉しそうに笑顔を浮かべて私に言ってきたのですが、とんでもない勘違いをエマがしている事に私は気が付いてしまいました。

 確かに昨日エマは青柳君に遊びたいと言っておられました。

 しかし、予定があるから駄目だという話をしたはずです。

 その代わりに明日青柳君と遊ぶ事になっているのですが、この子はもしかしたらその話を聞き流していたのかもしれません。

 さっき私がお洋服を買いに行こうと話していたのをこの子はどう受け止めたのですかね……。


 私が買い物に行こうとしている事は理解しておりましたので、もしかして私一人を除け者にして青柳君と二人だけで遊ぶつもりだったのでしょうか?

 そして自分のお洋服はきっちり私に買わせてこようとしていたのですかね?


 ……どうやらエマは、私が知らない間に魔性の女の子に育ってしまったようです。


 ――――――なんていう冗談はともかく、これは困りましたね……。

 今のエマは青柳君と遊びに行く気満々になっていますので、青柳君と遊べないとわかると大泣きを始めてしまう気がします。

 でも誤魔化すのにも限界がありますし……。


 ……仕方ありませんね。

 騙す事に対する罪悪感はありますが、上手く誤魔化しながら連れ出してアイスクリームかケーキを買ってあげましょう。

 そして機嫌がよくなったところで正直に話す事にします。


 ――この後私はなんとか騙し騙しでエマを外に連れ出すのでした。



          ◆



 鈴虫の鳴き声が響き渡る夜――遊園地で遊んだ帰りに亜紀を家まで送り届けた俺は、一人寂しく自宅を目指していた。


 ここまで遊んだのはいつぶりだろうか。

 遊んでいる間は楽しかったが、今はもう足を上げるのもしんどい。

 一人になって途端に疲労が襲ってきた感じだ。


 しかし、まだ今日やるべき事は終わっていない。


 俺は自分が住むマンションに着くと、自分の部屋より一つ手前にある部屋の前で立ち止まった。


《――はい、どちら様でしょうか?》


 インターフォンを鳴らすと、少しして丁寧な口調をした女の子の声が聞こえてくる。

 俺の隣の部屋に住む、シャーロットさんの声だ。


「こんばんは、シャーロットさん。青柳だよ」

《――っ!? あ、青柳君!? えっ、どうして!?》


 名前を名乗ると、なぜかシャーロットさんが慌て始めた。

 ドア越しからでもわかるくらいに中で大きな音がし始める。


「――え、えっと、こんばんは……」


 いったい何をしているのかと思っていると、おずおずとした様子のシャーロットさんが部屋から出てきた。

 シャーロットさんは白色を基調とした生地に、ピンク色の水玉模様が描かれているパジャマを着ていてとてもかわいい。

 彼女のこんな姿を見たとクラスメイトたちに知られれば、たちまち嫉妬で酷い目に遭わされそうだ。


「ごめん、寝るところだったかな?」


 もうパジャマに着替えているという事はもしかしなくても寝ようとしていたんだろう。

 どうやら、いつもの約束が今日も生きていると思っていたのは俺だけだったようだ。


「すみません……。まさか今日も来て頂けるとは思っておりませんでしたので……」

「いや、いいよ。もうエマちゃんは寝ているんだね?」

「はい……。今日は青柳君はこられないと伝えたら、拗ねて寝てしまいました……。その……本当に申し訳ございません……」


 自分の判断が誤っていた事を負い目に感じているのか、シャーロットさんは何度も謝ってきた。

 別にそこまで気にしなくてもいいのにな。

 ちゃんと認識合わせをしなかった俺のミスでもあるのだから。


 しかも、どちらかというとシャーロットさんの判断が正しい気もした。

 もし逆の立場だったら俺も彼女と同じ判断をしたかもしれない。

 いくら毎日遊ぶという約束があるとはいえ、遊びに行っている相手が家に来るとは思い辛いからな。


「気にしなくていいよ。エマちゃんには今日こられなかった事にしといて、明日お菓子でもあげて謝っておくよ」

「そんな……青柳君はきちんと来てくださいましたのに……」

「エマちゃんにとってはこなかった事に変わりないんだから、いいんだよ。シャーロットさんが気にする事じゃない」


 そもそも夜遅い時間にしかこれなかった俺が悪いだろう。

 エマちゃんは幼いんだ。

 あまり夜更かしさせるものじゃない。


「どこまでお優しいんですか……」


「ん? 何か言った?」

「いえ、なんでもございませんよ」


 シャーロットさんが何か呟いた気がしたのだが、どうやら俺の気のせいだったようだ。


 おかしいな……。

 最近こんな事ばかりの気がする。

 まだ若いはずなのに、耳がおかしくなったのだろうか……?


 ここ数日シャーロットさんの呟きが聞き取れなかったり、幻聴が聞こえる事に俺は些細な不安を覚えるのだった。


「まぁエマちゃんが寝てるんだったら、今日はもう無理だよね。俺は自分の部屋に戻るよ」


 約束の遊び相手がいないのならば当然やる事がない。

 だから俺は部屋に戻ろうとしたのだが――踵を返した俺の服の袖を、シャーロットさんが掴んできた。

 振り向けば、なぜか上目遣いで見つめられている。


「えっと、どうかした?」


 俺は高鳴る鼓動を抑えながら、平然を装ってシャーロットさんに声を掛ける。

 すると、モジモジとし始めたシャーロットさんがゆっくりと口を開いた。


「その……エマは寝ていますが……もう一つ約束はありますよね……?」

「あっ……そう、だったね……」

「今日も……よろしいでしょうか……?」

「はい……」


 なんだか変な意味に勘違いしそうな誘われ方をした俺は、顔を赤く染めてモジモジとするシャーロットさんのかわいさに頭が沸騰しそうになりながらも、彼女と一緒に自分の部屋へと向かった。


 そして――二人仲良く、漫画を描く漫画を読むのだった。

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