第41話「疑惑」

「さて、来週からテストが始まるわけだが――」


 美優先生がホームルームで喋っている間、俺はシャーロットさんの事を見つめていた。

 登校中苦しそうな表情をしていた彼女だが今は可憐な姿で椅子に座っている。


 シャーロットさんは学校に着くなり、持ち歩いている手鏡で髪型などを手早く整えたのだ。


 息遣いの戻し方については俺が教えてあげた。

 俺は先に教室に向かったから正確にはわからないが、彼女が教室に着いた時には息は整っていたため、きちんとやったのだろう。

 素直に人の助言を聞くところは本当にいい子だと思う。


 ――あんなにかわいい子が、さっきまで俺の腕に抱きついてたんだよな……。


 俺は登校中の事を思い出しながら自分の右腕を擦る。

 ありえない事ではあるけど、まだ彼女のぬくもりがあるように感じた。


「さっきから何してんだ、明人?」

「――っ!?」


 腕を擦っていると、後ろの席に座る彰が声を掛けてきた。

 振り向けば不思議そうに俺の顔を見ている。


「あっ、いや、別になんでもないが……」

「ふ~ん? お前って、シャーロットさんの事好きなの?」

「――っ!?」


 唐突にぶつけられる質問。

 まさか彰がこんな質問をしてくるとは思わなかった。


「……なんでそう思うんだ?」


 一瞬動揺をしてしまったが、俺は即座に冷静を装う。

 あからさまに動揺をしてしまえばそれが肯定を意味する事になるからだ。


 彰の出方次第で対応を変える必要があるため、俺は慎重に彰の様子を観察した。


「なんかシャーロットさんの事に結構気を回しているみたいだから、そうなのかなって思ったんだ。亜紀ちゃんの事に気を回している時の様子に近いんだけど、親しくもないシャーロットさんにそんな気遣いをしているという事は、少なからず気になっているんだよな?」


 当たらずとも遠からず。

 確かに俺はシャーロットさんの事に気を遣っている。

 彼女は人気者なため色々な人間を引き寄せてしまい、トラブルに巻き込まれやすそうというのが主な理由だ。

 だがそれは、彼女の事が気になっているからという前提がある。


 亜紀について気を遣っていたのはシャーロットさんと近しい理由があった。

 あいつ自身も結構人を引き寄せてしまうタイプなのだ。


 一つシャーロットさんと違うとすれば、人を捌くのが下手くそだという事だな。

 亜紀は慣れない相手には人見知りをしてしまい、まともに話す事が出来ないため常に困っている。


 だから俺がいた頃は俺が亜紀の人避けをしていた。

 中学時代親しくなってからは亜紀はずっと俺の傍から離れなかったのだが、きっと本人も俺の傍に入れば勝手に人を捌いてくれて楽だから、休み時間の度に俺の元に来ていたのだろう。


 そのおかげでよく俺たちは付き合っていると勘違いされたものだ。


 まぁ今は昔の事なんてどうでもいいか。

 とりあえずどう答えたものか。

 短くない付き合いのせいか、結構勘が悪い彰も俺の事になれば察しがいい奴になってしまう。

 下手な嘘は通じないと思ったほうがいいだろう。


 とはいえ正直に言ってもいいのかどうかが怪しい。

 彰がシャーロットさんを狙っている事は明白だ。

 さすがに恋敵だからって事で嫌がらせをしてくるほど器は小さくないが、気まずい雰囲気になる事は避けられないと思う。

 そもそも俺はシャーロットさんの隣に住んでいる事や、毎日彼女が俺の部屋に遊びに来ている事を隠している。


 友達に隠し事をされていたとなれば彰からすれば面白くないだろうし、信用を失うかもしれない。


 上手く誤魔化せればいいが、失敗した場合更に状況は悪くなる。

 どちらにしてもリスクは避けられない、か……。


 そうなると、シャーロットさんの隣に住んでいる事は隠しつつ、彼女に対する気持ちは打ち明けるのがベスト、かもしれないな……。


「実はな――」

「ほぉ――私のホームルーム中に私語とは、本当に懲りないなお前たち? 今回は青柳も現場を押さえたから、言い逃れは出来ないぞ?」


 シャーロットさんの事をどう思っているのか彰に言おうとすると、美優先生の楽しそうな声が背中越しに聞こえてきた。

 おそるおそる振り向けば、笑みを浮かべて美優先生が俺の事を見つめている。


 額に見える怒りの青筋は目の錯覚だろうか。


 ……あれだな、どうやら俺は夜更かしのしすぎで目が疲れているようだ。


 怒っているにもかかわらず笑みを浮かべる美優先生が怖すぎて、俺は現実から目を逸らす事にした。


「随分と楽しそうに話していたが、いったいなんの話題をしていたんだ?」


 別に楽しそうに話してはいなかったはずだが、美優先生は意地悪にも聞いてきた。


「はい! 美優先生はお綺麗だなって話をしてました!」


 笑顔で怒る美優先生に対して彰が元気よくお世辞を言った。

 いや、実際顔立ちは綺麗なため、お世辞ではないのか。


「はいはい、そうだな。で、本当はなんの話をしていたんだ?」


 綺麗だと言われ慣れているのか、意外にも美優先生は彰の戯言を素っ気なく流した。

 怒るか、少しは嬉しそうにするかと思ったのに、話題が逸れなかったのが残念だ。


 さて、どうするか……。

 シャーロットさんについて話してただなんて言えばこの先生は面白がるだろうし、何より本人がクラスにいるのだから打ち明けられるはずもない。


 それならば、美優先生が嫌がる話題に誘導するか。


「実は明日亜紀に遊びに行こうと誘われているのですが、どこに連れて行こうか悩んでいたので彰に相談していたのです。先生、どこかいい場所を知りませんか?」


 俺の言葉を聞いた瞬間、美優先生の眉毛がピクッと動く。

 そして、若干不機嫌になった。


「私が知るわけないだろ、若い男女のデートスポットなど。そんな話なら休み時間にしろ。後、来週はテストがあるんだから、遊びに行って成績を落としたなんて事は許さんからな?」


 美優先生はそれだけ言うと、すぐに教卓に戻って行った。

 あの人は男女が遊びに行く話題になった時不機嫌を装って逃げてしまう。

 遊び場などの話題になっても経験がないため、話題についていけれなくなるからだ。


 そして、亜紀に怒られた時は少しの間亜紀系の話題も苦手となる。

 だから今も軽く注意して戻っていったのだ。


 それに、明日遊びに行きたいと亜紀におねだりされたのは嘘ではないしな。


 まぁこれで成績を落とした場合は本気で怒られるだろうが……。

 怒られないためにも俺は、テスト勉強をしっかりやっておこうと心に誓うのだった。


 ――じぃーっと、俺の事を見つめる視線に気が付かずに。

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