第34話「昔のように戻っている」
「なぁ明人、お前最近機嫌がいいな? 何かいい事があったのか?」
昼休み――食堂でA定食を食べていると、目の前でカレーライスを食べている彰が不思議そうに俺の顔を見ていた。
機嫌がいいという自覚はないのだが、いい事があったという自覚はある。
もちろんそれは、シャーロットさんと仲良くなりつつある事だ。
今日朝からご飯を作ってもらった時なんか凄く幸せだった。
それにエマちゃんに懐いてもらえたのも凄く嬉しい。
幼い子相手にこんな事を言うとすぐロリコン扱いされてしまうだろうが、あの子のかわいさは反則級だ。
見た目はシャーロットさんの妹という事で言わずもがな、ひっきりなしに甘えてくるところが最高にかわいい。
特にだっこがお気に入りのようで、してあげると凄くかわいい笑顔で笑う。
本当に、凄くかわいい子だ。
「お、おい? 大丈夫か?」
エマちゃんの笑顔を思い出していると、なんだか彰が心配そうに俺の顔を見ていた。
一体何を心配しているのだろう?
よくわからないが、とりあえず頷いておく。
「特段いい事なんてないよ。いつも通りさ」
俺は少し話を戻し、彰が聞いてきた事に対して誤魔化した。
シャーロットさんとの事は周りに知られると彼女自身に迷惑をかけてしまうため、例え相手が彰だとしても内緒にすると決めている。
それに彰の場合、嫉妬で怒り狂う可能性もなきにしもあらずだ。
今日も頑張ってシャーロットさんにスキンシップをはかっていたしな。
ただ、今日初めて気が付いたのだが、彰や他の男子がシャーロットさんに話し掛けた時、彼女の笑顔は若干強張っている気がする。
思い出してみれば、最初の頃からシャーロットさんが男子に話し掛けられた時に浮かべる笑顔は、なんだかぎこちなかったような気がしてきた。
もしかしたら男子に苦手意識があるのかもしれない。
とはいえ、これは俺の思い込みというのも十分ありえる。
むしろその可能性のほうが高いかもしれない。
なんせ男子が苦手だとしたら、俺の部屋に来たり、手料理を振る舞ってくれたりはしないだろうからな。
「ふ~ん……そういえば、
訝しげに俺の事を見ていた彰が、何かを思い出したかのように聞いてきた。
俺はA定食のメインである、エビフライを掴んだ状態で箸を止める。
そのままジッと彰の顔を見た。
「あっ……わ、悪い……。触れたら駄目な話題だったな……」
俺と目が合うと、慌てたように彰が謝ってくる。
俺は彰から視線を外しながら、ゆっくりと口を開いた。
「連絡なんて来るわけがないだろ。あの親が俺の事を心配するはずがないし、そもそも俺を追い出したのはあの親なんだしな」
俺が一人暮らしをしている理由は、単純だった。
家にいられなくなったからだ。
一緒に暮らしていた頃から凄く邪険に扱われていたことを今でも覚えている。
正直一生馬が合う気がしない相手だ。
ただそれでも、毎月生活に困らないだけの金を振り込んでくれているため、それだけは感謝をする。
その金にもなるべく手を付けないようにはしているが、やはり高校生がバイトをしただけでは生計を立てるのは難しい。
もっといい金稼ぎをする方法があるのならやりたいところだが。
「その、なんだ。気にすんなよ? 前にも誘ったけど、本当にうちに来てくれてもいいんだからな? 親は歓迎しているし、むしろ明人を連れてこいってうるさいくらいだ」
「あぁ、ありがとう。おばさんたちにはまた挨拶をしに行くよ。でも、やっぱり迷惑はかけたくないし、生活自体には困っていないからな」
心配してくれる彰に俺はお礼を言った。
昔、高校に入学すると同時に家を追い出されると話をした時、彰や彰の両親は西園寺家に来るよう誘ってくれたのだ。
しかし当然そんな迷惑を掛けるわけにもいかず、俺はその誘いを断った。
彰の両親はそれでも俺の事を気に掛けてくれている。
うちの親よりも、彰の親のほうが俺の親と言われても違和感がない。
それくらい、俺は親から見放されている。
――まぁそれも当然か。
なんせ、俺は本当の息子じゃないんだからな。
俺は嫌な過去を思い出してしまい、それからは黙って食事をするのだった。
◆
「あれ? なんだかクラスのほうが騒がしいな?」
食事を終えて彰と一緒にクラスに戻っていると、俺たちのクラスが喧騒に包まれているようだった。
シャーロットさんが留学してきてからは他のクラスからも人が集まるため、毎日うるさいのはうるさいのだが、なんだか今日は違ったように思える。
なんせ怒鳴り声さえ聞こえてくるのだからな。
俺と彰は顔を見合わせ、すぐにクラスへと走り出す。
「――お前らいい加減にしろよ! 俺らが先に誘っていたんだからな!」
「お前らこそいい加減にしろよな! 毎日毎日しつこいんだよ! 先輩だからって調子に乗るなよ!」
クラスに戻ると、シャーロットさんを挟むようにして男たち数人が二手に別れて言い合いをしていた。
ここ最近、昼休みの度に現れる二年生と三年生だ。
クラスメイトたちは巻き込まれないようにしているのか、上級生やシャーロットさんから距離をとって見守っている。
シャーロットさんは困ったような――そして、怯えたような表情でどうにか止めようと声を張っていた。
「あいつら……!」
事態を理解した彰が、先輩たちを止めようと動いたが――それよりも早く、俺の体が無意識に動いてしまった。
「――何してるんだ、あんたら……?」
胸倉の掴み合いを始めた代表らしき二人の腕を、俺はギュッと掴む。
「「い、いててててて! な、何すんだ!」」
二人は喧嘩しているのが嘘かのように仲良く声をハモらせ、俺の顔を睨んできた。
ただ――更に力を込めてやると、顔色を変えてどうにか俺の腕を引きはがそうとし始める。
俺は大袈裟だなと思いながらも、掴んでいる腕を離してやった。
腕が解放された二人は痛そうに腕を擦っていたが、俺は気にせず上級生たちを見据える。
「上級生が揃いも揃って下級生の女の子を怯えさせて何をしている? あんたらは学校に何をしに来ているんだ?」
「「「「「――っ!」」」」」
俺の目を見た上級生たちの顔色が変わる。
まるで、見てはいけないものでも見たかのような表情だ。
「い、いや、あれだよ! ちょっと熱くなり過ぎただけでさ! だからそんな睨むなよ!」
掴み合いをしていた三年生側の男が、ひきつった笑みを浮かべて言い訳をしてきた。
「そ、そうだ! ちょっと騒いじゃっただけじゃないか! 軽い冗談だって!」
二年生側の男も、三年生に続くようにひきつった笑顔で言い訳をした。
何が冗談なのか。
冗談でシャーロットさんを怯えさせたというのなら、もっと許せない。
「――落ち着け、明人。昔のように戻ってるぞ」
その声と共に、後ろからパシンッと頭を叩かれた。
俺はそれで我に返る。
「…………すみません、先輩方。もう昼休みが終わりそうなので、自分たちの教室へと帰って頂けますか?」
俺は一度深呼吸をして怒りを外に逃がすと、騒ぎを起こした問題児たちに帰って頂くようお願いをした。
先輩たちの様子を見るに、もう言い合いをすることはないだろう。
「あ、あぁ、悪かったな、邪魔して」
「お、俺らもすぐに帰るよ」
上級生たちは分かってくれたのか、すごすごと立ち去っていく。
俺はその姿を横目に見ながら、少し後悔をしていた。
シャーロットさんの怯えている姿を目にしたらカッときてしまったのだが、明らかにやりすぎだ。
少なくとも、上級生相手にする態度じゃない。
更にやりすぎる前に止めてくれた彰には感謝をしないといけないな。
「――やべぇ……昔のように戻るまで機嫌が悪くなっていたとは……。やっぱり、今後親の話題はしないように気を付けよ……」
「ん? 何か言ったか、彰?」
「い、いや、なんでもないぞ? うん、なんでもない」
後ろにいた彰が何か言った気がしたのだが、どうやら気のせいだったようだ。
少し慌てているのは気になるが、まぁもうすぐ授業が始まるから後でいいか。
「あ、あの、青柳君。ありがとうございました」
席に戻ろうとすると、いつの間にかシャーロットさんが傍まで寄ってきていて、小さな声でお礼を言ってきた。
ただ、モジモジとして目を合わせてくれないのはなぜだろうか?
も、もしかして、怖がられてしまっているのかな……?
――目を合わそうとしてくれないシャーロットさんに、俺はショックを受けて落ち込んでしまうのだった。
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