第35話「な、内緒です……!」

 ――どうしよう……。

 俺は、どうすればいいんだ……?


 夜も更けてきた頃、俺は戸惑いを覚えていた。

 その原因は、俺の横に肩がくっつきそうな距離で座る可憐な少女にある。

 可憐な少女は、手元にある漫画には目もくれず、ジーと俺の顔を見つめてきていた。


 しかし――視線が気になった俺が彼女のほうを見ると、サッと顔を背けられる。

 だから気にせず漫画に視線を戻そうとすれば――また、ジーと顔を見つめられていた。


 エマちゃんが眠りについてからずっとこの繰り返しだ。

 正直こんな態度をとられ続ければ漫画に集中なんて出来るはずがない。

 かといって声を掛けようにも、顔を背けられると声を掛けづらい。

 いったい俺はどうしたらいいのだろうか。


 シャーロットさんがこんな態度を示すという事は、やはり今日の事で怖がられてしまっているのか?

 でもそれなら、漫画を一緒に読もうなんて誘ってこないだろうしなぁ。


 俺は先程から同じような考えがグルグルと頭の中を駆け巡り、答えが見つからない迷宮に迷い込んだ気分だった。


 とりあえずこのままだと埒が明かない。

 覚悟を決めて声を掛けてみるか。


 シャーロットさんが家に帰るまでこの無言のやりとりが延々に続きそうだと思った俺は、この状況を打破する事にした。

 例えそれが悪い方向に進もうとも、この気まずい雰囲気よりはマシかもしれないからな。


「なぁシャーロットさん、ちょっといいか?」

「は、はい!? な、なんでしょうか!?」


 挙動不審――声を掛けた際の彼女の反応を見ると、その漢字四文字が頭に浮かんだ。

 チラチラと俺の顔を見上げていて、決して目を合わせようとしてくれない。


 決まりだ。

 これは――――完全に怯えられている!


「その、ごめんな」

「えっ? えっ? ど、どうして謝られるのでしょうか?」


 俺が謝ると、驚いたようにシャーロットさんが俺の顔を見てきた。

 今朝方ぶりに目が合った気がする。

 目が合っただけで嬉しいと思う俺は、凄く単純な男なのかもしれない。

 だが、今はそれよりもきちんと彼女に謝るべきだ。


「今日の昼休み、怖いところを見せてしまったよな。怯えさせて本当にごめん」

「…………」


 シャーロットさんにきちんと体を向き直して深く頭を下げると、彼女は黙り込んでしまった。

 顔は見えないが、感じる雰囲気から俺の事を見つめているのはわかる。

 彼女が今何を考えているのかはわからない。

 だけど、俺が彼女に危害を加えるような人間でない事だけはわかってほしかった。


「えいっ!」

「――っ!」


 彼女が返事をしてくれるのを待っていると、急にかわいらしい掛け声とともに頭をポスッと弱い力で叩かれた。

 急な出来事に俺は戸惑いを隠せずシャーロットさんの顔を見つめる。

 すると、なぜか頬が赤く染まっているシャーロットさんが、プクッとかわいらしく頬を膨らませていた。

 彼女の顔を見て余計にわけがわからなくなってくる。


 どうして彼女は拗ねているのだろうか?


「シャ、シャーロットさん?」

「青柳君は勘違い屋さんです……! 私は青柳君の事を怖がったりしていません……!」

「えっ? そ、そうなの?」

「当たり前じゃないですか……! どうして助けてくださった御方の事を怖がるのですか……!」

「でも、だったらどうして目を合わせないように顔を背けるんだ?」


 怖がっていないのなら、目を合わせないようにしている理由がわからない。


「そ、それは――」


 俺が質問をすると、シャーロットさんはまた目を背けてしまった。

 そして先程と同じようにチラチラと俺の顔色を窺ってくる。

 モジモジとしているのは、何か言いづらい事を言おうとしているのだろうか?


 よくわからないが、どう見ても怯えているようにしか見えないんだけどな。


 シャーロットさんの様子を見て俺はそう思ったが、とりあえず彼女の言葉を待つ事にした。

 しかし――。


「な、内緒です……!」


 プイっとソッポを向かれて、誤魔化されてしまった。

 俺は《なぜ誤魔化す……》と思いつつも、シャーロットさんの拗ねたような様子がかわいすぎてその後は追及する気になれないのだった。

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