第31話「私は意外とわがままなのですよ?」

 だ、大胆な事をしてしまいました……。


 暗闇の中、青柳君の寝息を聞きながら私は自分がやってしまった事に後悔をしておりました。

 彼が熱を出してしまい慌てて対応したのですが、普段エマにしている事を青柳君にしてしまったのです。

 完全にこれはやりすぎました。


 青柳君が戸惑っていたのも当然です。

 そんな彼は今、おだやかな寝息を立てて寝てしまっているのですが……。


 今は暗闇に目が慣れてきたみたいで、顔を近付ければ青柳君の顔を見る事が出来ます。

 なんとなく、顔を近付けてみました。


 こうして見ると、まつ毛……長いですね……。

 まるで女の子みたいです。

 顔もシュッとしておりますし、鼻も高いです。

 髪が少しボサボサなのが惜しいですね。

 髪型さえ整えれば、女の子たちに人気が出るのではないでしょうか?


 そうすれば――クラスで、悪く言われる事もありませんのに……。


 今日も彼は一人悪役を買って、皆さんから文句を言われていました。

 よく考えれば青柳君がおっしゃられている事が正しいのに、誰も理解してあげようとはしていません。


 ……いえ、西園寺君は青柳君の味方をしていたのでわかっておられるのかもしれません。

 でも、彼の立ち位置はどっちつかずの中間にいる感じでした。


 だから、青柳君の味方をしても皆さんから何も言われません。

 傍から見ていると、青柳君一人が悪者にされてしまっています。

 見ていて凄く悲しいです。


 こんな事を考えている私ですが、クラスでは傍観者組に入っております。


 本当は彼が正しいと言いたかったのですが、一度青柳君の弁護をしようとした時に視線だけで彼に止められました。

 後に、二人きりになれたタイミングでその事を追求すると、《いいんだよ、あれで。誰かが悪者にならないと、成り立たない事がある。君が入ってしまうと意見が別れて揉め事に発展しただろう。学校で俺が責められていても擁護はしてくれなくていいよ。必要な時は彰がしてくれるからさ》と逆に言いくるめられてしまったのです。


 青柳君がおっしゃられた事はわかります。

 私が青柳君側に付く事によって他にも人が流れてくれば、意見が二つに別れて言い合いが始まる可能性がありました。

 彼はそれを嫌い、一人悪者になって言い返さない事によって穏便に事を済ませようとしたのです。


 一人犠牲になって皆が救われる。


 聞こえはいいかもしれませんが、凄く辛い生き方です。

 私には同じ事は出来ません。

 彼は、どれだけ優しい人なのでしょうか……。


 ――ふと、今日学校で花澤先生とお話したやりとりを思い出してしまいます。

 私が、青柳君の好みについてお尋ねした時の事です。



          ◆



「――ん? 青柳が好きそうな漫画のジャンルか? どうしてそんな事を聞く?」


 お昼休み、花澤先生の元を訪れた私に対して花澤先生がその意図を聞き返されました。


「彼に漫画をお勧めしようと思っているのですが、彼の好みを知りませんので教えて頂きたいのです」

「だったら西園寺に聞けばいい。あいつのほうが私より青柳と付き合いが長いし、そういった趣味なら当然親友である西園寺のほうが詳しいだろ」

「それは……その……」

「あいつには聞けない理由があるのか?」


 花澤先生の質問に私はコクリと頷きます。

 最初は私も、西園寺君にお尋ねする事を思い付きました。

 ですが、青柳君から私たちの仲は皆さんに内緒にしてほしいと言われていた事を思い出し、考え直したのです。

 青柳君の好みをお尋ねしてしまえば少なからず関係性を疑われてしまうでしょうからね。


 その点、花澤先生は私たちの関係を知られておりますし、青柳君の事も理解されているようです。

 まさしく、今この状況においてはうってつけの人物だと思いました。


「ふむ……まぁそれなら答えてやってもいいが……。正直、あいつに漫画を勧めるのはやめておいたほうがいいぞ?」

「どうしてでしょうか?」

「現実主義者に近いって言えばいいのかな? あいつは現実的にありえない事を嫌うんだよ。特に、何も根拠がないのに幸せが決まっているような物語はな」


「普通なら幸せになる物語を好まれそうなのに……」

「普通、ならな……。前にも言ったと思うがあいつは考え方が変わっている。まぁ詳しくは言えないが、過去に色々とあったんだよ。だから、どうしても勧めたいというのならリアリティがある漫画にするといい。特に、努力が実って結果が出るものならあいつは好むと思う」


 なるほど、リアリティがあって努力のおかげで結果が出る漫画ですか。

 この時点で私の中にはいくつもの候補が浮かんでいました。

 特にスポーツ系の漫画だといいのかもしれません。

 特殊能力が用いられるスポーツ漫画も多いですが、リアリティを重視していて努力が実ったおかげで結果が出るという漫画も多いのです。


「――逆に幸せな家族の描写が書かれているものは避けるといい。下手をすると、あいつに避けられるようになるからな」

「えっ……?」

「いや、なんでもない。とにかく、リアリティがあって努力によって結果が出る漫画にするといい」


 花澤先生はそれだけ言うと、戸惑っている私に背を向けて職員室の中に入ってしまわれました。

 先程の言い方はまるで――青柳君が、幸せな家族を嫌っているような言い方です。

 彼はとてもお優しい御方ですから、幸せなご家庭でお優しい両親に育てて頂いたのだと思っておりました。

 ですが、その認識は誤りだったのでしょうか……?


 花澤先生がおっしゃられた事が気になってしまった私は、時間が経つのも忘れて青柳君の事を考えてしまうのでした。



          ◆



「青柳君……あなたはいったい、どれだけの事を抱えているのですか……?」


 今もなお健やかな寝息を立てながら寝ている青柳君に、私は小さな声で問いかけます。

 今日一日、私が青柳君の事を考えていた事は上手く隠せていたでしょうか?

 おそらく彼の様子から気付かれてはいないと思いますが……。

 もし気付かれていて、避けられるようになったら辛いですね……。


 いえ、今はそんな事よりも彼の容態ですね。

 元気そうだったのに急に熱が上がってしまった事が心配です。

 もし更に悪化した場合、一人暮らしの彼は誰にも助けてもらえないのですよね。

 今日お母さんは会社にお泊りすると連絡がありましたから、私が家にいなくても問題ないでしょうか……?


 それに青柳君の家の鍵を持っていない私が家に帰ってしまうと、青柳君の家は鍵が開いたままの不用心な状態になってしまいます。

 だから、やはりこれは当然の対応なのです。


 ――私は目に見えない誰かにそう言い訳をしながら、思い浮かんだ事を行動に移す事にしました。


 まずは家からエマ用の布団を持ってきて、風邪が移らないよう別室にエマを寝かせます。

 そして家から持ってきた氷枕にタオルを巻き、起こさないように丁寧に青柳君の頭の下にいれます。

 また、少しでも早く楽になって頂けるよう、彼の額に熱を下げる用のシップを貼りました。

 後は、彼が目を覚ますまで私は傍で待機です。


 ……不思議なものですね。

 出会って数日しか経っていない御方なのに、どうしてかほうってはおけませんでした。

 それに彼の傍にいると安心している自分もいます。

 本当、青柳君は不思議な御方です。


 ……だからこそ、なのかもしれませんね。

 私が今、こう思っているのは。


「青柳君……あなたの考えを、私は尊重します。ですが、あなたばかり辛い目に遭うのでしたら、私はいつまでも我慢する事は出来ませんからね? 私は意外と、わがままなのですよ?」


 寝ていて声が届かないのをいい事に、私は自分の思いを言葉にするのでした。

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