第28話「秘密の関係の始まり」

『――んっ……おにいちゃん……だっこ……』


 次の日、夜になって俺の部屋に遊びに来たエマちゃんは遊び疲れて眠たそうにしていた。

 要望通り抱っこをしてあげると、そのまま俺の腕の中でスヤスヤと寝始める。

 寝るのなら布団に横になったほうが楽だろうに、抱っこを求めてくるなんて本当にかわいい。

 俺は起こさないように、優しくエマちゃんの頭を撫でた。


「もうすっかり本当のお兄ちゃんみたいになってしまいましたね」


 向かい側に座って俺たちのやりとりを見ていたシャーロットさんが、微笑ましい物を見るような目をして俺を見つめてきた。

 俺はシャーロットさんの視線と言葉に少しだけたじろいでしまう。


 多分シャーロットさんは深い意味では言ってないのだろうけど、本当のお兄ちゃんみたいと言われると別の意味で捉えてしまう。

 彼女が言った『お兄ちゃん』とは、隣に住むお兄ちゃんが本当のお兄ちゃんみたいになっているという事だろう。

 だがしかし、お兄ちゃんという言葉には、もうひとつ意味があるだろ?


 そう――お義兄にいちゃんという意味が。


 いや、うん、ごめん。

 都合よすぎるどころか、《何考えてんの、お前?》って思ってるだろうが、仕方ないだろ?

 本当の・・・って言われたら、その反対となる義兄も連想してしまわないか?

 少なくとも隣のお兄ちゃんよりは全然現実的なはずだ。


 ……誰に俺はこんな事を言ってるのだろう。

 いくら意中の相手に見つめられてるからって動揺しすぎだな。

 しかも、隣のお兄ちゃんよりは義兄のほうが現実的にありえるとかわけわからないし。


「――どうかなさいましたか?」

「えっ? あっ、いや、エマちゃんの本当のお兄ちゃんにならなりたいなって思っていたんだ」


 考え事をしていると心配そうに顔を覗きこまれたため、とりあえず何か返事をしないといけないと思い俺は頭に浮かんだ言葉を口に出す。

 しかし途端に後悔が込み上げてきた。


 俺はいったい、なんという事を口走っているんだ……。

 へ、変な意味にとられていないだろうか……?


 自分の失言に後悔しながら俺はシャーロットさんの様子を伺ってみる。


 すると――。


「ふふ、もしそうなればエマは大喜びでしょうね」

 

 シャーロットさんは、まるで聖女様かと思うほど可憐で優しい笑みを浮かべていた。

 口元に手をあてて微笑む姿は絵になりすぎてるとさえ思う。

 改めて、シャーロットさんはとんでもない美少女だと認識する。


「さて、エマも寝た事ですし、そろそろ始めさせて頂いてもよろしいでしょうか?」


 聖女様のような笑みを浮かべるシャーロットさんに見とれていると、シャーロットさんはまた違う笑顔を浮かべた。

 今度の笑顔は、まるで子供が好きなものの話をするかのような、ウキウキとしている笑顔だ。


 なんだろう……今度は子供っぽいけど、逆にさっきよりもかわいい気がする。

 でも、この笑みの意味を知っている身としてはちょっと気が重いな……。


「うん、いいけど……エマちゃんが寝るのを待ったのは、妹には漫画を読ませたくないという事?」


 彼女がなんの確認をしてきたのかわかっている俺は、気になった部分を聞いてみた。

 今はかなり少なくなっているとはいえ漫画は教育に悪いと考える親はいる。

 漫画好きで優しいシャーロットさんがそんな考えを持っているとは思えないが、わざわざエマちゃんが寝るのを待った事が気になったのだ。


「いえ、違います。エマはきっと漫画よりも青柳君とお話しをしていたいでしょうから、私が邪魔になるのが嫌だったのです。それに、エマは日本語が読めませんから、一人だけけ者にしてしまう事になります。ですからエマが寝るのを待ったのですよ」


《あと、エマはすぐに寝ちゃいますしね》と笑顔でつけ加えて、シャーロットさんは漫画を準備し始めた。

 やはりシャーロットさんはエマちゃんの事をよく考えているし、とても優しい。

 この姉妹愛は見ていて微笑ましかった。

 俺は胸が温かくなるような感覚を感じながらシャーロットさんの準備が整うのを待つ。


 ――が、すぐに言葉を失った。


 なんせ、準備を終えたシャーロットさんがなぜか俺の隣に座ってきたからだ。

 しかも、肩と肩がくっつきそうな距離に。


「シャ、シャーロットさん!? ど、どうしてわざわざ隣に!?」


 漫画を読ませたいだけなら貸してくれるだけでいいはずなのに、わざわざ隣に座ってきた意味がわからず俺は彼女に質問をする。

 理由を聞かれたシャーロットさんは恥ずかしそうに頬を染めて、ゆっくりと口を開いた。


「その……私、友達と一緒に日本の漫画を読んでみたかったのです……。でも、日本語を読める友達がいなくて……。一緒に読んでは……だめですか……?」


 頬を赤く染めながら上目遣いで見つめてきたシャーロットさんに俺はずるいと思いながらも、断る事が出来るはずもなく小さく頷くのだった。


 ――うん、というかこの子あざとくない?

 かわいすぎて惚れるんだけど。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る