第27話「子供っぽく拗ねる美少女留学生」

「さて、私はそろそろ行くかな。じゃあお前たちも気を付けて帰れよ」


 言いたい事だけ言って満足したのか、美優先生は俺たちに背を向けて立ち去ってしまった。

 残された俺とシャーロットさんの間には少し気まずい空気が流れている。

 あの先生が茶々を入れてくれたせいだ。


 せめてこの空気をどうにかしてから立ち去れよ、美優先生……。


 俺は美優先生の立ち去った方向を見ながら、心の中で文句を言った。


「私たちも……帰りましょうか……?」

「そうだね、帰ろうか……」


 このまま立ち尽くしていても仕方ないと思い、俺はシャーロットさんの言葉に同意する。

 二人して家に向かって歩きだす中、どうにか会話出来ないかを考えてみた。

 気まずい雰囲気のまま別れたとなると、明日以降疎遠になってしまう気がしたからだ。


「えっと、シャーロットさんってどんなものが好きなんだ?」

「好きなもの、ですか? そうですね――」


 適当に質問してみただけなのに、シャーロットさんは真面目に考え始めてくれた。

 月明かりに照らされ口元に指を当てながら考える姿は、なんだか色っぽく見える。

 俺は少しだけそんな彼女に見惚れてしまう。


「――やっぱり、漫画でしょうか」


 シャーロットさんに見惚れていると、嬉しそうな笑みを浮かべたシャーロットさんが耳を疑うような事を言ってきた。


「……えっ? 今、なんて?」

「私は漫画が一番好きです。あっ、でも、アニメも捨てがたいですね」


 俺の戸惑いには気が付いていないようで、漫画かアニメかで迷い始めるシャーロットさん。

 正直そこまで悩む必要があるのかと思った。


 お嬢様みたいな雰囲気を纏っているからそっち系には興味がないと思っていたのだが、どうやら興味津々のようだ。

 まぁシャーロットさんが何を好きになろうと彼女の勝手なためいいんだが、俺は少しだけまずいなと思っていた。


 なんせ――俺は、漫画やアニメが大嫌いだからだ。


「私ですね、日本にこられる事になって凄く嬉しかったのです。だって日本には、大好きな漫画がいっぱいありますし、アニメのクオリティも高いですからね」

「そ、そっか」


「私は日本の漫画を読みたくていっぱい日本語を勉強したのです。アニメだって、日本で作られたそのままのアニメを見たくて、日本語で会話が出来るように頑張りました」

「そ、そうなんだ」


「それにですね、アキバというところでしょうか? コスプレをされる方たちがいっぱいいらっしゃる街もあるのですよね? 私、是非とも一度アキバに行ってみたいのです」

「へ、へぇ……」


 漫画やアニメの会話になった途端、生き生きとして話し始めるシャーロットさん。

 先程までの気まずい雰囲気はなんだったのか。

 あまりのテンションの違いについていけない。


 だけど――。


 俺はチラッとシャーロットさんの顔を盗み見る。

 楽しそうに話しているシャーロットさんの顔は、今までで一番かわいいと思った。

 正直会話内容にはついていけないが、彼女が楽しいなら聞き手になるのは悪くない。

 むしろ、こんな表情をするのならいつまでも聞いていたいくらいだ。


「後はですね――あっ……ご、ごめんなさい……!」


 話す事に夢中になっていたシャーロットさんは、急に我に返った。

 暗闇でわかりづらいが、どうやら顔を真っ赤に染めてしまっているようだ。

 一人で語り続けていた事を恥ずかしがっているんだろう。


「いいよ、シャーロットさんは凄く漫画やアニメが好きなんだな」


 謝ってきたシャーロットさんに俺は笑顔で返す。

 シャーロットさんの恥ずかしがっている姿を見ているとなんだか微笑ましい気持ちになった。

 それに話にはついていけてなかったが、話を聞いていて嫌ではなかったんだ。

 むしろシャーロットさんの新たな一面を知れてよかったと思っている。


「青柳君は、本当にお優しいです……」


 何か小さく呟いたシャーロットさんは、なぜか両手を頬に当てて俺の顔を見つめてきた。

 いったいどうしたのだろう?


「どうかした?」

「あっ、いえ……青柳君は、どんな漫画がお好きなのですか?」


 何か用でもあるのかと思って声を掛けたのだが、すぐに失敗したと思った。


 シャーロットさん、どうせなら好きなものを聞いてくれればいいものを、漫画で縛ってくるとは……。

 どう答えればいいのだろう?

 好きな漫画なんてないし、あまり詳しくもない。

 彰がよく読んでいる本くらいのタイトルならわかるから、それを答えるか……。


「俺は――」


 シャーロットさんの質問に答えようとした俺は、開きかけた口を閉ざす。

 ここで嘘をつくのは簡単だ。

 だけど、きっとその嘘はすぐにバレる。


 漫画のタイトルを答えれば知っていようが知っていなかろうが、シャーロットさんは興味を示すだろう。

 特に知っていたとしたら最悪だ。

 絶対その作品の話題になるし、好きなキャラや展開などを聞かれる事になる。

 そしたら俺がボロを出すのなんてすぐだ。


 何より――。


 俺はチラッとシャーロットさんの顔をもう一度盗み見る。


 こんなにも純粋な瞳で俺の事を見てくれている女の子に、なるべく嘘はつきたくなかった。

 だから正直に打ち明ける事にする。


「ごめん、俺は漫画を読まないんだ。だからわからない」

「えっ……そう、なのですか……」


 俺の答えを聞いたシャーロットさんは残念そうな表情を浮かべた。

 心なしか、シュンとしてしまっているようにも見える。


「その、ごめん……」

「いえ、大丈夫です……。どうして、漫画をお読みにならないのでしょうか?」

「嫌い、だから……」

「お嫌いなのですか……?」


 俺の言葉を聞いて悲しそうな目をシャーロットさんが向けてくる。

 自分の好きなものを否定されれば当然の反応だろう。

 やっぱり、ちゃんと言ったほうがよさそうだ。


「うん、そうだよ。俺だって本は読むよ? だけどそれは、事実を元に書かれた歴史小説なんだ。漫画やアニメなどの実際にはありえない空想上の物語が、俺は嫌いなんだよ」

「どうして、ですか……? 漫画やアニメは素晴らしいものですのに……」


 好きなものを否定されたにもかかわらず、シャーロットさんは怒らずにあくまで俺の考えを知ろうとしてくれていた。

 どうしてここまで漫画やアニメを毛嫌いしているか――その答えはわかっている。

 

 何も努力せずに運に恵まれて幸せになる展開。

 親や祖先が優れている事によって生まれ持った才能で何事も上手くいく物語。

 根拠のない理由で女の子からチヤホヤされる主人公。

 どれだけ絶望的な状況だろうと、絶対に助かる道筋が残されている話作り。


 パッと思い浮かべただけでも嫌いな部分がこれだけ出てくる。

 

 何より、都合のいい展開というのが大嫌いだった。

 現実はそんなにも甘くはなく、辛いだけのものだからだ。


 わかっている、俺の考えがおかしいという事は。

 物語にリアリティーを求めるなんて馬鹿げた話だ。

 しかし、それでも俺はどうしても冷めた感情で見てしまう。

 だから嫌いなのだ。


「まぁ漫画とかに時間を使うよりは、勉強に時間を使ったほうが有意義だからかな」


 嫌いな理由からは少し離れてしまったが、実際勉強に時間を使ったほうが有意義だと思っているため、これも嘘ではないだろう。

 シャーロットさんも好きなものを否定されるといい気分はしないだろうし、そろそろ話題を変えたいところではあるが……。


「あ、青柳君は、食わず嫌いです……!」

「えっ?」


 拗ねたような声が聞こえてきたためシャーロットさんの顔を見ると、いつの間にか頬が子供っぽく膨らんでいた。

 見るからに拗ねてしまっている。


「わかりました。青柳君に漫画やアニメの素晴らしさを、私がじっくりと教えさせて頂きます……! 今日はもう遅いのでご迷惑になってしまいますから、早速明日から私のお勧めの漫画を読んで頂きます……!」


 普段の可憐さはどこへやら。

 子供っぽさ全開のシャーロットさんの様子に、俺はただただコクコクと何度も頷くのだった。

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