第24話「姉の勝利」

 亜紀の家に着くと、早速亜紀とシャーロットさんは料理にとりかかっていた。

 シャーロットさんは一度の説明で調味料や器具の位置を覚えたらしく、テキパキと亜紀のサポートをしているといった感じだ。

 亜紀も次第にシャーロットさんに慣れていってるのか、段々とぎこちなさがなくなっていっているのがわかる。

 きっとシャーロットさんが親しみやすい雰囲気を出してくれているからだろう。


 そしてエマちゃんといえば――

『ハンバーグ♪ ハンバーグ♪』

 ――俺の膝の上に座って嬉しそうに体を揺らしていた。


 なんてかわいい子なのだろう。

 この子を眺めているだけで幸せになれる気がする。


『エマちゃんは本当にハンバーグが好きなんだね』

『んっ、だいすき……!』


 声を掛けてみると、エマちゃんは満面の笑みを浮かべて答えてくれた。

 なんだろう、凄く甘やかしたくなる。


「先輩、だらしない顔をしています」


 かわいくて仕方がないエマちゃんの事を眺めていると、いつの間にか台所から亜紀が俺の顔をジーっと見つめていた。

 何か物言いたそうな顔だ。


「べ、別に、そんなだらしない顔はしてないだろ?」

「だったらなんで言い淀んでいるんですか?」

「い、いや、それは――――そ、それよりも、料理中に目を離すのは危ないだろ? ちゃんと料理に集中しろよ」


 少しだけ自覚があった俺は、バツが悪くなって話題を逸らそうとする。


「はいはい、そうですね」


 俺の言葉を聞いた亜紀は本当にわかっているのかと聞きたくなるほどあっさりと流した。


 いつもの素直な亜紀は何処に行ったのか……。

 いや、今も素直に聞いてはいるのだが、まともに取り合ってくれてないのがわかる。

 普段はむしろ構ってほしがるのに、シャーロットさんたちがいるから大人ぶっているのだろうか?


『おにいちゃん、エマね、ねこちゃんみたい』


 先程まで体を揺らしてハンバーグを心待ちにしていたエマちゃんが、俺の顔を見上げておねだりをしてきた。

 この家に猫はいないから多分前に見せたような動画の猫が見たいのだろう。

 俺はポケットからスマホを取り出し、有名動画サイトで猫の動画を検索してみる。

 するとかなりの猫の動画が出てきた。

 とりあえずサムネがかわいい猫の動画を選んでエマちゃんに渡す。


『わぁ……!』


 猫の動画を見てエマちゃんは目を輝かせながら頬を緩ませた。

 猫がかわいくて頬が緩んでしまっているんだろう。

 そんなエマちゃんを見ていて俺の頬も緩みそうになる。


「じぃー……」

「――はっ!?」


 気が付けば、またもや亜紀が俺の顔を物言いたげに見つめていた。

 いったいなんなんだ、亜紀は……。


「仲がよろしくていいですね」


 困惑していると、料理をテーブルに運んできたシャーロットさんが笑顔で話し掛けてきた。


「仲がいいっていうのかな……?」

「はい、お二人は凄く仲が良さそうにお見えします」

「ふ~ん……」


 俺と亜紀が仲良さそうに見える、か……。

 先程のやりとりからそう見えたというのなら、シャーロットさんの目を疑いたくなるな……。


 まぁしかし、普段なら仲がいいという自覚はある。

 亜紀は気遣いが出来るし、性格もとても優しい。

 だから一緒にいて気楽なのだ。


 とはいっても、別に初めて会った時から亜紀と意気投合したわけではない。

 前にもいったように亜紀は人見知りをして初対面の相手が苦手だ。

 ましてや俺も社交的ではない。

 特に出会った頃なんて今以上に酷かった。


 あの頃の俺は、とある事情から完璧な人間を演じようとし、他人に冷たかったと思う。


 そんな俺たちが出会ってすぐに仲良くなるはずがない。

 亜紀と仲良くなったのは、出会ってから一悶着あった後だ。

 その出来事があったからこそ、俺たちは今みたいに一緒にいるようになったといえる。

 

「先輩、もう料理が出来上がってしまいますので、その子からスマホを回収してもらえますか?」


 亜紀と出会った頃の事を思い出そうとすると、亜紀が声を掛けてきた。

 見れば次々とシャーロットさんと亜紀の手でテーブルの上に料理が並べられていっており、確かに亜紀の言う通りもう食べる準備をするべきだ。


 しかし――。


『ねこちゃん♪ ねこちゃん♪』

 

 こんなにも嬉々として動画に見入ってるエマちゃんからスマホを取り上げるのか?

 そんな事したら絶対に泣きそうになるだろ……?

 

 嫌な役目を任されたなと思いつつも、スマホを渡したのは俺なため仕方なくエマちゃんからスマホを回収する事にする。


『エマちゃん、もうご飯が出来上がってるから猫を見るのはやめようか?』

『えぇ……まだ、みてたい……』

『うっ――』


 エマちゃんにやめるよう言うと、ウルウルとした瞳で見つめられてしまった。


 この子、この目をすれば自分の要求が通るって事を学習しているんじゃないだろうか?

 駄目な知識を植え付けてしまっている気がする。


 でも、この目で見つめられるとやっぱり無理に取り上げる事なんて出来なかった。


「大丈夫ですよ、青柳君」


 エマちゃんからスマホを取り上げる事を躊躇していると、シャーロットさんが笑顔で俺の顔を覗き込んできた。

 シャーロットさんのかわいい顔が近くに来て凄くドキドキとしてくる。

 そんな俺の事なんてお構いなしに、シャーロットさんは俺の膝の上に座る幼き妹に視線を移した。


 いったい何をする気なのだろうか?

 シャーロットさんが何をしようとしているのかわからず、俺は黙って彼女の行動を見届ける事にする。

 

『エマ、ご飯を食べましょ?』

『んー? ねこちゃんみてたい……』

『猫ちゃんを見てたいの?』

『んっ……!』


 シャーロットさんの問いかけに嬉しそうに頷くエマちゃん。

 妹の笑顔にシャーロットさんも優しく微笑んで返した。


 スマホを取り上げようとするのかと思ったのだが、どうやら違うみたいだ。

 ここからシャーロットさんはどうする気なのだろうか?

 

『そっか、だったらハンバーグはお姉ちゃんたちで食べちゃうね?』

『――っ!?』

『エマはご飯より猫ちゃんがいいんだよね? 残すのはだめだから、エマの分のハンバーグはお姉ちゃんたちで食べてあげる』

『だめ! エマもたべるもん!』

『でも、猫ちゃん見てたいんだよね?』

『うぅん! ねこちゃんもういいから、ハンバーグたべる!』


 そう言うと、エマちゃんは慌てたように俺にスマホを返してきた。

 さすがシャーロットさん。

 負ける事も多いみたいだが、妹の扱い方を心得ているようだ。


『ありがとうございます、シャーロットさん。それではみんなで食事に致しましょうか』


 エマちゃんも食べる気になった事を見て、亜紀が両手を合わせて《いただきます》のポーズをとった。

 俺とシャーロットさんも亜紀と同じように手を合わせる。

 なぜかまだ膝の上から降りようとしないエマちゃんは《いただきます》の事を知らないのか、小首をかわいらしく傾げていた。

 しかしすぐに、見よう見まねで俺たちと同じように手を合わせる。


 そしてみんなで――

「「「いただきます」」」

 と、食材や食事に携わってくれた方たちに感謝して食事をするのだった。


 ……あれ、一人忘れてないか?

 そんな言葉が頭を過ったが、幸せそうに食事をするエマちゃんを見ているとどうでもよくなる俺だった。

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