第22話「鉢合わせ」
「――その猫ちゃんですね、今でも学校で会うとすり寄ってきてくれるんです」
食材を買いにスーパーへと向かうなか、亜紀が学校で仲良くなった猫の事を嬉しそうに話してくれていた。
高いところに登って降りてこられなくなっているところを亜紀が先生たちを呼んで助けてあげたらしい。
猫も恩人である亜紀の顔を覚えているようで、会うたびにすり寄ってきているのだろう。
「猫はきまぐれだけど、かわいいもんな」
「はい、かわいいです。特に仔猫ちゃんなんて眺めてるだけで凄く幸せになります。私も猫ちゃん飼いたいです……」
亜紀は無類の猫好きだ。
昔からよく猫を飼いたいと言っているのだが、実際に飼おうとした事は一度もない。
家族の中に猫アレルギーの人がいたりとか、両親が反対するというわけではない。
猫の事を考えて亜紀は飼わないのだ。
例えば自分の天敵がいる家に一緒に住みたいだろうか?
いきなりこんな事を言うと変に思うだろうが、実際に猫――いや、動物にとっての天敵が、亜紀の家にはいる。
そう――花澤美優という、天敵が。
何がどうなっているのかはわからないが、美優先生の前に現れた動物は凄く怯えて一目散に逃げて行く。
別に美優先生が驚かしたり、威嚇しているわけではない。
ただ単に美優先生の存在が動物たちに怖がられているのだ。
だから俺や亜紀の中では、きっと動物たちは美優先生の事を天敵だと思って逃げているのだという結論に至っていた。
多分野生の勘で絶対に関わってはいけないと察しているんだと思う。
ちなみに仔犬でさえ逃げられる美優先生は、動物が逃げてしまうと結構落ち込んでしまう。
何も悪い事をしていないのに逃げられればショックなのも当たり前かもしれないが。
「一人暮らしになったら飼えばいいじゃないか」
「だめですよ。私がいない間、猫ちゃんに寂しい思いをさせる事になるじゃないですか」
俺の提案に対して亜紀は苦笑いで返してきた。
本当に亜紀は優しい。
常に自分以外の事を考えている。
しかし、だからこそ心配になってしまう。
この子は全てを我慢してしまっているのではないかとな。
「まぁそう――」
『――おにいちゃん!』
亜紀の言葉に同意しようとすると、何処からか聞き覚えがある声がした。
声がするほうを向けば、タタタと走ってくる小さな子が視界に入る。
その子は俺の足元まで来るとガシッと足に抱き着いてきた。
いきなりの出来事に亜紀なんて唖然としてしまっている。
俺も少し驚いていた。
まさか、こんなところで会うなんて思わなかったからだ。
『えへへ、おにいちゃんにあえた……!』
俺に抱き着いてきた子は嬉しそうに俺の顔を見上げてきた。
なんてかわいい笑顔なんだろう。
この世で一番かわいい存在かもしれない。
かわいい笑みを浮かべる女の子――エマちゃんの顔を見ながら、俺はそんな事を考えるのだった。
◆
『えっと、こんばんは、エマちゃん』
『こんばんは!』
とりあえず笑顔で挨拶をしてみると、エマちゃんも笑顔で返してくれた。
「せせせせせ、先輩!? こここここ、この子は、一体誰ですか!?」
エマちゃんの登場に唖然としていた亜紀が、声を震わせながら俺に聞いてきた。
いくらエマちゃんがいきなり現れたとはいえ、動揺しすぎだろ。
「何をそんなに動揺してるんだよ?」
「いやいやいや! むしろなんで先輩はそんなに落ち着ているのですか!? お兄ちゃんってどういう事ですか!?」
「そりゃあこの子が知り合いだからだよ。この子は俺の同級生の妹だ」
亜紀にエマちゃんの事を説明しながら、俺はエマちゃんが走ってきた方向に視線を向ける。
エマちゃんがいるという事は、きっとあの子もいるだろうから。
――案の定、エマちゃんが走ってきた方向にその子はいた。
昨日留学してきたばかりの、シャーロット・ベネットさんだ。
目が合うとシャーロットさんはペコリと頭を下げてくれた。
俺も同じように頭を下げて挨拶を返す。
すると彼女は何か気まずそうにしながらも、俺たちのほうに近寄ってきた。
「こんばんは、青柳君。それと、えっと――」
「あぁ、この子は花澤亜紀。美優先生の妹だよ」
「花澤先生の妹さんですか。初めまして、シャーロット・ベネットと申します。花澤先生にはいつもお世話になっております」
「こ、これはこれはご丁寧にありがとうございます。花澤美優の妹の、花澤亜紀です。こちらこそいつも姉がお世話になっております」
亜紀は緊張しながらも、シャーロットさんと同じように丁寧に挨拶を返した。
しかし、すぐに俺の服の裾をギュッと握ってくる。
多分人見知りをしてしまっているのだろう。
亜紀は初対面の人が苦手だからな。
まぁそれはそれとして、亜紀と一緒にいられるところを見られてしまったか……。
何か変な勘違いをされないといいけど……。
相手は亜紀とはいえ、女の子と二人きりでいるところをシャーロットさんに見られたのはまずい気がした。
でもここで変に慌てるほうが余計におかしい。
それにシャーロットさんは俺の事を意識してくれているわけでもないんだ。
ここは何か言い繕うよりも、平然としておいたほうがいいと思う。
ただ、一つ気になる事がある。
亜紀の笑顔がぎこちないのは緊張しているからだろうが、なんだかシャーロットさんの笑顔もぎこちなかった。
彼女も人見知りをするタイプなのだろうか?
学校に来たばかりの様子を見る限りはそんなふうには見えなかったが……。
『おにいちゃん、だっこ』
お互い笑顔を向け合っている亜紀とシャーロットさんを見つめていると、エマちゃんがクイクイッと俺の服を引っ張って抱っこを求めてきた。
出会って速攻抱っこを要求とは、本当に抱っこされる事が気に入ってしまったんだな。
とりあえず断ると泣きそうな表情になってしまうため、俺は腰をかがめてエマちゃんを持ち上げた。
「へぇ……するのですか……」
「――っ!? あ、亜紀? どうして俺の事を白い目で見ているんだ?」
「……別に、なんでもありませんよ」
なんだか怖い雰囲気を感じて亜紀を見ると、ニコッと笑顔で返された。
気のせいだったのだろうか……?
なんとなしにシャーロットさんのほうを見てみると、気まずそうに目を逸らされた。
うん、なんだこの反応は……?
どうしてシャーロットさんが俺から目を逸らしたのかがわからず、俺は首を傾げてしまうのだった。
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