第19話「それとこれとは話が別」

「――でだな」


 次の日のショートホームルーム、美優先生がプリントを見ながら今日の連絡事項を話していた。

 ずぼらに見える先生ではあるけれど、やることはちゃんとやってくれる。

 意外と真面目な部分もあるんだよな。


 まぁ、めんどくさそうではあるのだけど。


「…………」


 ――ん?

 めんどくさそうに連絡事項を言っている美優先生の事を見ていると、なんだか視線を感じた。

 視線を感じた方向を振り向いてみると、なぜかシャーロットさんが俺を見てきている。


「あっ――」


 目が合うと、シャーロットさんは嬉しそうに笑みを浮かべて他のクラスメイトには見えないよう小さく手を振ってきた。


 どうしよう、目が合っただけで嬉しそうに手を振ってきてくれるだなんて、シャーロットさんが可愛すぎるんだけど……。


 俺は思わず手を振り返しそうになるが、慌てて振り返すのをやめた。

 学校では関わらないようにすると決めたんだ。

 誰に見られているかもわからないし、迂闊な行動をとるわけにはいかない。


 まぁどちらかというか、絶対見られるリスクはシャーロットさんのほうが高いんだけどな。

 あの子はその辺意識してなさそうだ。

 一応周りに気を遣って見られないように振ってくれてはいたが、注目度が高いからその行動自体やめてもらいたい。


 ……手を振ってもらった事は凄く嬉しかったけど。

 シャーロットさんの笑顔凄くかわいいし。


「さて、次の授業がもうすぐ始まるわけだが――青柳、ちょっとこい」

「えっ?」


 シャーロットさんの笑顔に見惚れていると、なぜか急に呼びだしを喰らってしまった。

 どうしたのだろうか?


「いいから早くこい。他の者は教科担当の先生が来るまでおとなしくしとけよ」


 美優先生はそれだけ言い残すと、教室から出て行った。

 よくわからないが、俺も慌てて後を追う。

 ここで無視すると後が怖すぎるからな。


 教室を出る時、一瞬心配したような表情で俺を見つめているシャーロットさんと目が合った。

 呼び出されただけで心配してくれるだなんて、シャーロットさんは本当に優しい人だ。

 だがまぁ、あの美優先生だ。

 きっと雑用を押し付けられるだけだろう。


「一体どうしたんですか?」


 クラスを出てすぐ、俺の事を待っていた美優先生に声を掛ける。

 すると、美優先生はジッと俺の顔を見つめてきた。


「どうやらシャーロットとはうまくやっているようだな」

「えっと?」

「気付いていないと思ったか? お前に対してシャーロットが笑顔で手を振るところをちゃんと見ていたぞ」


 この人、本当になんなんだ。

 プリントに視線を落としていたはずなのに、どうしてシャーロットさんが手を振ったことに気付けるのかがわからない。

 

「それに対してお前もニヤニヤとまぁだらしない笑顔をしやがって」

「いや、してないですよね?」


 さすがにニヤニヤとだらしない笑顔なんてしていない。

 むしろ緩みそうになる頬を我慢していたくらいだ。


「目がニヤついていた」

「人を変質者みたいな言い方しないでください」

「まぁそれはいいとして」

「聞いてくださいよ!」


 サラッと人の話を流す美優先生に思わずツッコミを入れてしまう。

 この人自分が飽きたら話を終わらせるからな。

 中々にたちが悪い。


「シャーロットの事、しっかり気にかけてやれよ?」


 そしてそのまま無視する始末。

 本当に自由人なんだから。


 まぁだけど、シャーロットさんの話題が出たのなら正直俺もそちらのほうが興味がある。

 だから俺に変な疑いをかけられた事はもう忘れる事にした。


「気にかけるって、あの子はしっかりしてますから大丈夫じゃないですか?」

「それとこれとは話が別だろ。外国人なんだから、もしかしたら日本語が伝わらない事があるかもしれないし、あの見た目だ。男ホイホイになるのは容易に想像がつくだろ? 自分の言葉が伝わらずに変な男共に言い寄られたらそれだけで不安だろうが」


 シャーロットさんは日本語をよく知っているから、多分言葉が通じないという不安はないと思う。

 だけど絶対とは言い切れないわけだし、だから英語を話せる俺に気に留めておけというわけか。


 ちょっと虫を呼び寄せる道具に例えたのは気になるが、彼女が男を寄せ付けるというのも事実だしな。

 俺が気を付けていてどうにかなるとは思えないけど、一応気を付けてはおこう。


「わかりました、役に立てるかはわかりませんが、気を配っておきます」

「あぁ、任せた。はぁ、お前みたいな奴ばっかだと楽で済むんだけどなぁ」


 俺が頷くと、なぜか急に嘆き始める美優先生。

 どうやら日頃から頭を悩ませているようだ。


 まぁその筆頭は彰なんだと思うのだけれど、あいつは悪気があるわけじゃない。


 ……この場合、悪気がないほうが性質が悪いかもしれないが。


「では、俺はもう教室に戻りますね」

「――あ、そうそう。もう一つ話があったんだった」

「え、なんですか?」


 教室に戻ろうとすると、溜息をついていた美優先生が呼び止めてきた。

 なんだろうと思って振り返ると、素敵な笑みを浮かべる美優先生が俺の顔を見つめてくる。


 この人、本当に黙っていれば美人なのに……。


 俺はそんな失礼な事を考えるが、勘のいい美優先生にバレないようポーカーフェイスに徹した。

 しかし、折角作った無表情もすぐに崩れさってしまう。


 なんせ――

「シャーロットの件は頼りにしているが……昨日、私の事を見捨てて帰った事は話が別だからな?」

 ――笑みを浮かべている美優先生の額に、青筋マークが浮かんでいるのだから……。


 この後の俺は、人生で初めて頭を締め付けられる事を体感するのだった。

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