第18話「シャーロットの心情」

 ――エマをお布団に寝かせた私は、今日一日の事を思い出していました。

 留学初日という事で正直不安がありましたが、クラスメイトの皆さんはとても親切で優しかったです。

 男子の方の視線は少し怖かったですけど、元々いたイギリスの学校でもそれは変わらなかったので、気にしないほうがいいのだと思います。

 私の事を皆さんは受け入れてくださったので、これからは楽しい学校生活が送れそうです。


 しかし――浮かれた気分で家に帰ると、家で私の帰りを待っていたはずの妹の姿がありませんでした。

 いえ、そもそも学校に行く時には掛けていたはずの家の鍵が開いている時点でおかしいと気が付きました。

 現状を把握すると全身から血の気が引きましたが、すぐに私は必死に妹を探しました。

 妹がスヤスヤと寝ている姿を目にした時は本当に心からホッとしたものです。


 そんな妹――エマを保護してくれたのは、隣の部屋に住んでいる青柳君でした。

 ふと、留学手続きをした時の花澤先生とのやりとりを思い出してしまいます。



          ◆



「――何処かで見た事がある住所だと思ったら、この住所は青柳の隣の部屋か」


 書類で私の住所を確認した花澤先生が、そう小さく呟かれました。

 私は耳がいいみたいで他の方の独り言を聞き取ってしまいます。


「青柳さんですか?」

「あぁ、聞こえてしまったか。私の担当するクラスにいる男子の名前だ。……そして、学校一の問題児の名前でもある」

「も、問題児ですか……」


 なんて事でしょう。

 どうやら私は、とんでもない御方のお隣に引っ越してしまったようです。


「もう、花澤先生! 留学生をからかったらだめですよ! 大丈夫だよ、ベネットさん。青柳君はこの学校で一番優秀な生徒だからね?」


 思わぬ事に私が戦慄していると、花澤先生の横の席に座る若い女の先生が慌ててフォローしてくださりました。

 初対面なのにからかってくるなんて花澤先生はいじわるな御方です。

 思わず頬を膨らませて抗議をしたくなっちゃいます。


「ある意味、一番の問題児なんだがな……」


 一瞬、花澤先生がつまらなそうな表情を浮かばれました。

 おそらくその際に呟かれた言葉は私にしか聞こえていないのでしょう。

 お尋ねしてもいいのか悩んでしまう部分ですね。

 きっと、何か事情があるのでしょうから。


「青柳君とは、どのような御方なのでしょうか?」


 結局、少しだけ言葉を濁してお尋ねしてしまいました。

 青柳君が花澤先生のクラスの御方でしたら、私のクラスメイトという事にもなります。

 やはり同じクラスの御方とお聞きすると気になってしまうものでしょう。

 何より、お隣に住まわれているという事はこれから関わる機会もあると思います。

 エマの事もありますし、知っておいたほうがいいと思いました。


「あぁ、秀才って奴だ。とりあえず勉強がこの学校にいる生徒の中では一番出来る」

「秀才……天才ではなく、ですか?」

「ほぉ、いい着眼点だな。そうだ、奴は天才ではなく、秀才だ」


 面白いものを見るような目で花澤先生が私の事を見てきました。

 それほど面白い言葉を言ったつもりはないのですが……。


 秀才という事は努力をされる御方なのでしょう。

 素直に好感を持てます。


「なぁベネット、いい機会だ。何か困った事があったら青柳を頼れ」

「えっ、しかし――」

「心配するな。あいつは少し他と変わっているが、困っている奴を見かければ絶対に見捨てたりはしない」


 不思議なものです。


《問題児》と称されたはずなのに、花澤先生はとても青柳君の事を信頼されているように見えます。


 ますます青柳君がどんな御方なのか気になってしまいますね。


「わかりました。もしそのような事が起きた場合は、青柳君を頼らせて頂きます」

「そうするといい。――あぁ、それともう一つ。青柳の言葉はそのまま信じるな」


 また、花澤先生は不思議な事を言ってこられました。

 その言い方ではまるで、青柳君が嘘つきみたいではありませんか。

 私が首を傾げると花澤先生が苦笑いを浮かべました。


「別にあいつの言葉を全て信じるなというわけではない。あいつが周りから批判されるような事を言った時、その言葉を信じるな。あいつは他の奴らと見ているものが違う。目先の利益に騙されず、先の事を考えて行動しているんだ。あいつが批判を買うような言葉を言った時、それには絶対に意味がある。まぁ、裏を読めって奴だ」


 真剣な表情をされている事から、嘘を言われていないというのがわかります。

 私は花澤先生の言葉を頭の中で整理し、自分なりに解釈してみました。


「つまり青柳君は、クラスのために悪役を買っているという事ですか?」

「やはり察しがいいな、ベネット。まぁクラス限定ではないが、そういう事だ」


 私が導きだした結論を聞いて、花澤先生はニヤッとされました。

 なんだか悪役が似合いそうな御方です。


「どうしてそのような損な役割をされるのでしょうか?」

「さぁな。察しはつくが本人が語らない以上真意はわからん」


 どうやら、その答えは教えてもらえないようです。

 青柳君に確認がとれていませんから、憶測で言葉にしたくないのかもしれませんね。


「では、どうして私にこのようなお話をされたのでしょうか?」


 このまま話を続けていても教えてもらえないと思い、話の方向性を変える事にしました。

 それにこの答えにも興味があります。

 いくら隣同士とはいえ、まだ会った事もない御方の話をここまでされるとは思いません。

 考えすぎかもしれませんが、何か意味があって言われたような気がします。


「なんだろうな……勘、という奴か? お前なら青柳の事を理解出来る気がしたし、なんだか仲良くなりそうな気がしたんだ」

「あっ、野生の勘という奴ですね!」


 私たちの話を黙って聞かれていた先程の若い先生が、《閃いた!》みたいな顔をされて話に入ってこられました。

 その言葉を聞いて、みるみるうちに花澤先生の機嫌が悪くなります。


「お、ん、な、の、勘だが……?」

「い、いったたたたた! は、花澤先生! 放して! 頭が潰れちゃう!」


 花澤先生が若い先生の頭を掴んだと思うと、そのまま片手で持ち上げてしまいました。

 心なしか、ミシミシという音まで聞こえてきます。


 どうしましょう。

 どうやら私は、漫画の世界に迷い混んでしまったようです。


「おい、ベネット」

「は、はい!」

「お前確か幼い妹がいたよな? 気を付けろよ、こいつこう見えて、ロリコン教師というアダ名がついているからな」


 相変わらず若い先生を宙に浮かばせたまま、花澤先生が忠告をしてくださいました。

 若い先生は静かになってしまってピクピクとされているのですが、ほうっておいて大丈夫なのでしょうか……?


 しかし、今の花澤先生に余計な口を挟めるわけもなく、私は気になった部分を尋ねる事にしました。


「ロリコン、ですか? 女性なのに?」

「あぁ、生徒たちの間ではかなり有名だぞ。一見母性キャラに見えなくもないが、ロリの話をする時と、ロリを見つめる時の目がやばい」

「わ、わかりました」


 さすが、二次元文化の日本です。

 やはり色々な性癖を持つ御方がおられるのですね。


 ――この後の私は、花澤先生の怒りに触れないようソッと消え去ったのでした。



          ◆



 最後は衝撃的な光景を目撃してしまいましたが、あの時お話をしていたメインは青柳君です。


 青柳君――お話で聞いていたよりも、随分と素敵な御方でしたね。


 私のために悪役を買ってくださったり、迷子になっていたエマを道端で保護してくださった事はお話で聞いていた通りです。


 そして、エマの相手をする時の青柳君の優しくて温かい瞳。

 凄く素敵でした。

 青柳君はとてもお優しい御方だという事がわかります。


 これから、仲良くして頂きたいものです。


 それにしても――彼が別れ際に言われた言葉の真意は、一体なんなのでしょうか?

 言葉通りの意味ではない事はわかりますが、本当の意味までは読み取れていません。

 いつか、きちんと理解出来るようになりたいですね……。


 私は起こさないようにかわいい妹の頭を優しく撫でながら、少しだけ彼の言葉の意味を考えてみるのでした――。

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