第17話「先を考えての選択」
「今日は本当にありがとうございました」
料理の後片付けを終えた後、玄関に移動したシャーロットさんがお礼を言ってきた。
洗い物くらいは俺がすると言ったのだが、片付けをするまでが料理と言ってシャーロットさんが後片付けまでしてくれたのだ。
本当に見た目通りの優しくていい子だと思う。
そんなシャーロットさんは、凄く大切そうにエマちゃんの事を抱っこしている。
こんなふうに仲がいい姉妹を見ていると微笑ましい。
見ていて心が和むくらいだ。
「こちらこそありがとう。凄く美味しい料理を作ってもらえて嬉しかったよ」
俺は心の底からお礼を言う。
大金持ちはどうか知らないが、普通はお金を払っても美少女留学生が自宅で手料理を作ってくれる事なんてない。
しかもその料理がお店で出るくらいに美味しかったんだ。
この幸せは、人生最大の幸運と言っても過言じゃないだろう。
「喜んで頂けてよかったです。本当に、青柳君には感謝をしてもしきれませんので」
「大げさすぎるよ。そんなに大した事はしてないって」
「大事にならなかったからそう言って頂けるのです。一歩間違えれば、取り返しのつかない事になっていたのですよ。もしこの子がいなくなっていたら、私は立ち直れませんでした」
寝ているエマちゃんの頭を優しく撫でながら、呟くように小さな声でシャーロットさんが言ってきた。
ずっと見ていた優しい笑顔が消えている事から、冗談じゃなくて真剣に言っている事がわかる。
俺も笑って流すのはやめ、真面目に話しをする事にした。
「そうだね。今の時代外国人を見かけるのは珍しくないとはいっても、どうしても目を引く存在にはなってしまう。ただでさえ子供が誘拐されたり行方不明になる事も珍しくないのに、エマちゃんのような外国人でかわいい子が一人でいたら攫われても不思議じゃないと思うよ」
今俺が言っている事はきっとシャーロットさんを不安にさせてしまう事だろう。
だけど俺はわざと言葉にした。
ここは誤魔化していい部分ではないと判断したからだ。
それに今回はエマちゃんの事を例に出したが、危ないのはエマちゃんだけではない。
シャーロットさんだって不審者に狙われる可能性は高いんだ。
それだけ、日本では彼女たちが目を引く存在となってしまっている。
どこまで自覚しているのかはわからないが、自分から話題にしてきた事から多少なり自覚しているのだろう。
だったら、誤魔化すほうが間違いだ。
きちんと事実を告げ、その対策案を提示して安心させる。
それが今俺に出来る最善だ。
「だけど、目を引く存在――それは、言うなれば目立つって事だよね?」
「えぇ、そうですね……?」
急に話の焦点をずらした俺の事を不思議そうにシャーロットさんが見つめてくる。
さすがにこれだけでは伝わらないみたいだ。
「目を引くから狙われやすいのかもしれないけど、目立つのなら当然他の人だって見てくれている。だから、昼間や人通りがあるところならそう簡単に危険にさらされる事はないよ。少し前にも言ったけど、日本は比較的安全な国なんだからさ。夜道にさえ気を付ければ大丈夫だよ。エマちゃんだって、もしまた一人で迷子になっても親切な人が交番に連れて行ってくれるさ」
実際、人目があるところで悪い事をしようとする人間はいないに等しい。
いたとしても頭が悪く足が付きやすいような人間だ。
甘く見るのはよくないが、そこまで警戒をする必要はないだろう。
夜道に気を付けないといけないのは俺たち日本人にも言える事だしな。
「ふふ、青柳君はやっぱりお優しいです」
俺の言葉を聞いて、シャーロットさんが口元に手を当てて微笑んだ。
上品に笑っていてかわいいのだが、なんだか気恥ずかしくなってくる。
「別に、優しくはないけど……」
「いいえ、お優しいですよ。私が不安に思っているとわかると、その不安を取り除くために真剣に考えてくださったのですから」
「それは、誰だってそうだと思うけど……」
「いくら私でも、皆が皆善人ではない事はわかっています。上辺だけの御方と、本当に心から向き合ってくださる御方――青柳君は、後者です。ですからお優しい御方なのですよ」
初めてかもしれない。
亜紀や、美優先生、そして彰や
理解されない事を自分からしているのだから、俺はそれでもいいと思っていた。
だけど、やっぱり他人から認めてもらえるのは嬉しいものだ。
それが惹かれている人からの言葉なら尚更嬉しいに決まっている。
「あまり褒められても、出せるものなんてないけど……」
「ふふ、いりませんよ。でも……もし何かくださると言われるのでしたら、ものではなく、私とも仲良くしてくださると嬉しいです」
シャーロットさんは言葉遊びともとれるような言い回しで、とても嬉しい事を言ってきてくれた。
これが社交辞令かどうかはわからないが、俺にとっては願ってもない提案だ。
「俺でよければ……喜んで」
「はい、よろしくお願い致します!」
俺が頷くと、満面の笑みをシャーロットさんが返してくれた。
やばい、かわいすぎる。
やっぱりこの笑顔は直視出来ない。
あまりのかわいさに、俺は思わず顔を背けてしまった。
横目でシャーロットさんがキョトンとしているのがわかるが、少しだけ待ってほしい。
多分、今の俺の顔は真っ赤だろうから……。
「――それでは、これで失礼致しますね」
話が終わり、シャーロットさんが自分の部屋へと帰ろうとする。
もう夜遅くなってしまっているが、隣の部屋なため不審者に襲われる心配はないだろう。
一応、彼女が部屋に戻るまでは見届けるが。
「青柳君、明日からもよろしくお願い致します」
「あっ、うん――って、ちょっと待って」
「はい、なんでしょうか?」
ふと頭に
シャーロットさんは嫌な顔一つせず、俺の言葉を待ってくれている。
「明日から、少しの間は学校で俺に話し掛けないでほしい」
「えっ……?」
唐突なお願い事。
シャーロットさんが戸惑うのも無理はない。
俺だって本当はこんな事を望んではいない。
でも、先の事を考えるならばこれは大切な事なんだ。
「どうして、でしょうか……?」
「急に俺とシャーロットさんが親しげに話していれば、クラスメイトたちは違和感を持つ。根掘り葉掘り話を聞いてこようとする奴もいると思うんだ。それを避けたい」
「何か不都合でしょうか? 正直にお話してもいいと思うのですが……」
「いや、同級生の俺たちが隣同士に住んでいる事を知れば、よからぬ噂を立てる奴だって出てくる。要は面倒事を避けたいんだよ」
「そう、ですか……。青柳君がそうおっしゃられるのでしたら、そうなのですね。わかりました……少し寂しくはありますが、そうさせて頂きます。それでは、おやすみなさい」
「うん、おやすみ」
戸惑いながらも、シャーロットさんは俺の言葉に同意してくれた。
学校で話せないのは寂しいとか、俺が言ってる事だから信じてくれると言われた時は凄く嬉しかった。
だからこそ、俺の選択は間違っていないとも思える。
張本人が相手だから誤魔化したが、俺が彼女と学校で距離を置く理由は他にあった。
いや、正確には後半部分が違うのだ。
俺とシャーロットさんが隣同士に住んでいる事を知られたくない。
それは変わらない。
だけど知られて困る理由は、シャーロットさんが人気すぎるからだ。
俺たちが隣同士だと知れば絶対俺の家に遊びにこようとしたり、入り浸ろうとする奴らが出てくる。
なんせ偶然を装って、シャーロットさんとお近づきになれる大チャンスなのだからな。
百歩譲って俺の家に入り浸るまではいい。
でもそれは、結局シャーロットさん自身を困らせる事になる。
普通に考えて、毎日同級生たちにストーカーされているようなものだ。
きっといい気分ではないだろう。
俺はそれを避けるために彼女と学校では距離を取る事にした。
こんな事をシャーロットさんに説明しても、優しい彼女は問題ないと受け入れてしまうだろう。
だから、周りに変な噂を立てられる事を
シャーロットさんには変に思われただろうが、彼女に辛い思いをさせるよりは全然いい。
願わくば、嫌われていない事だけを祈ろう。
――彼女がもう部屋から出てこない事だけを確認して、俺も自分の部屋へと戻るのだった。
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