第16話「日本の男が一番好む料理」

 誰もが見惚れるほどの美少女が、家で俺のためにご飯を作ってくれている。

 きっと何も知らない人にそんな事を言えば夢か妄想だと馬鹿にされるだろう。

 彰に言ったら大笑いされる事間違いなしだ。


 いや、逆に頭は大丈夫かと心配されるかもしれない。

 俺がそんな妄想じみた事は言わない事をあいつはよく知っているからな。


 だがしかし――そんな妄想じみた事が、今現在起こっているのだ。


 誰もが見惚れるほどの美少女と言っても過言じゃないシャーロットさんが、家から料理に必要なものを持ってきて俺の家で料理をしてくれている。

 それどころか、かわいらしいエプロンを体に巻いて楽しそうに鼻歌まで歌っていた。


 なんだかもう幸せ過ぎて本当に怖い。

 あまりにも幸運な事が続きすぎて、とんでもない不幸が待っていそうで怖かった。


「青柳君、苦手なものとかはないですよね?」

「――っ! う、うん、基本なんでも食べられるよ」

「何をそんなに慌てられているのですか?」

「い、いや、なんでもないよ」

「そうですか……」


 笑って誤魔化すと、シャーロットさんは不思議そうに首を傾げて料理に戻った。

 彼女が料理に集中した事を確認してホッと息をつく。


 かわいいと思って眺めていただなんて言えるはずがない。

 俺はそんな恥知らずではないからな。


 あまり見ているとまた目が合うかもしれないから、もうシャーロットさんを見る事はやめにする。

 手持ち無沙汰になった俺は、今度は自分の布団に寝かせているエマちゃんを見た。

 エマちゃんはスヤスヤと寝息を立てていて寝顔がとてもかわいい。

 この子は人懐っこくて甘えん坊だし、笑顔が凄くかわいい子だ。

 妹がこんなにもかわいいだなんて、正直シャーロットさんが羨ましかった。

 

「――いたずらしたら、だめですよ?」

「――っ!」


 エマちゃんの寝顔を眺めていると、いきなり耳元で声がした。

 振り向けば、微笑んで俺の顔を見つめているシャーロットさんがそこにいた。


「び、びっくりした……」

「ふふ、驚かせてしまってごめんなさい。ちょっといたずらしたくなっちゃいました」


 お茶目な一面を見せてニコッと笑うシャーロットさん。

 一々笑顔がかわいくてずるいと思った。

 こんな笑顔を見せられたら怒る事なんて出来るはずがない。


「シャーロットさんって意外といたずら好きだよね?」

「そうでしょうか? もしかしたら、青柳君だからいたずらをしたくなるのかもしれませんね」

「えっ?」

「いえ、なんでもございません。お料理が完成致しましたので、どうぞお召し上がりください」


 シャーロットさんは首を横に振ると、俺に食べるよう促してきた。

 どうやら俺がエマちゃんの寝顔に気を取られている間に、シャーロットさんは料理をテーブルに並べてくれたようだ。

 せめて運ぶのは自分でやろうと思っていたのに、何をしているんだ俺は……。


 ――いや、それよりも、さっきのシャーロットさんの言葉はどういう意味だ?

 どうして俺だからいたずらしたくなるんだろう?


 シャーロットさんの言葉の意味がわからず、俺は少しの間首を傾げるのだった。



          ◆



「――おいしい……!」


 シャーロットさんが作ってくれた料理を口にした瞬間、思わず料理に対しての感想が出てしまった。

 それほどにシャーロットさんの料理はおいしかった。


 彼女が作ってくれたのは野菜炒めと卵焼き、そしてキノコのあんかけ豆腐だ。

 野菜炒めはきちんと野菜にまで味が染みこんでいて、濃すぎない絶妙なバランスで味付けがされている。

 卵焼きに関しては味付けに砂糖が使われているんだろう。

 甘い卵焼きは食べるのが初めてだったが、ほどよい甘さでおいしかった。

 キノコのあんかけ豆腐はあんがよく絡んでいて、キノコも豆腐もとてもおいしい。

 料理まで上手だなんてやっぱりシャーロットさんは完璧美少女だ。


 惜しむらくは、白ご飯がない事だろう。

 ご飯を炊いてしまうと時間がかかるから、お腹を空かしている俺の事を考えて炊かなかったらしい。

 最初は料理を作ってもらえるだけで嬉しかったため別に白ご飯がなくてもかまわないと思っていた。

 しかし、これほどおいしいおかずを口にしてしまうと、白ご飯がほしくなってしまっても仕方がないだろう。


「お口に合ったようで嬉しいです」


 俺の感想を聞いたシャーロットさんが嬉しそうに微笑む。

 そして、料理を口に運ぶ俺をニコニコ笑顔で見つめてきていた。


 そんなに見つめられると照れ臭い。

 おいしい料理なのに緊張で喉を通らなくなりそうだった。


「シャーロットさんはよく日本料理を作るの?」


 とりあえず黙って見つめられるのは耐えられなったため、少し気になった事を聞いてみる。

 正直外国に住んでいたシャーロットさんがここまで日本食を上手に作れるとは思っていなかったのだ。


「私は日本が大好きなので、時々日本料理も作っているのです。本当は今日折角ですから肉じゃがを作ってみたかったのですが、残念ながら材料が足りなかったのです……」


 余程肉じゃがが作りたかったのか、材料がないと話す時のシャーロットさんは本当に落ち込んでいるようだった。

 

「どうして肉じゃが?」

「日本の男性の方が一番好む料理だからです! 青柳君もきっとお好きでしょうから、作りたかったのですが……」


 肉じゃがが一番好まれている?

 初めて聞いたんだが……。

 俺も肉じゃがを食べたりはするが、好きというほどではない。

 シャーロットさんの偏見はいったい何処からきているのだろうか?


 それに肉じゃがの話題になった時、一瞬シャーロットさんの目が輝いた気がした。

 全然目が輝くような内容ではなかったと思う。


 少し理解出来たと思ったが、どうやら俺はまだまだ彼女の事を理解出来ていないようだ。


 ――この後は、相変わらずニコニコ笑顔で見つめてくるシャーロットさんの視線にやられながら、俺は美味しく彼女の手料理を頂くのだった。

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