第15話「美少女留学生からのお願い事」
エマちゃんたちが俺の部屋に来てからは、ずっとエマちゃんの話し相手になっていた。
たまにシャーロットさんが話に加わっていたが、妹の話す邪魔をしないよう気を付けていたようだ。
俺もずっと、エマちゃんの話を聞き続けているだけだった。
エマちゃんは初めて飛行機に乗った時の事や、今日見た猫の動画についてなど色々な事を話してくれている。
話している間も自分の頭を俺の胸に押し付けて甘えてきたり、俺の手をとって遊び始めたりと、なんだか見ていてとても幸せな気分になった。
そうしていると、エマちゃんがウトウトとし始める。
もう遅い時間だし、今日は色々とあったから疲れてしまったのだろう。
このままゆっくり寝させてあげよう。
俺とシャーロットさんは、エマちゃんが寝るまで黙って見届ける事にした。
少しすると、エマちゃんからかわいらしい寝息が聞こえてきた。
どうやら完全に寝たようだ。
「ありがとうございます、青柳君」
今日何度目になるかわからないお礼をシャーロットさんが言ってきた。
見れば、とても優しい表情でエマちゃんを見つめている。
今のシャーロットさんは妹の事を優しく見守るお姉さんといった感じだ。
この子がシャーロットさんにとってどれだけ大切な子なのかがよくわかる。
「別にお礼を言われる事なんてしていないよ」
「そんな事はないですよ。エマの相手をして頂けてとても嬉しいです」
「はは、それはよかった。俺も今日は楽しかったよ」
結構振り回されていただけのような気もするが、実際エマちゃんと遊んでいて楽しかった。
エマちゃんのような妹がいるシャーロットさんが羨ましい。
本当にこの子はとてもかわいいからね。
「きっとこの子にとっては、青柳君はヒーローなのでしょうね。言葉が通じないせいで誰にも助けてもらえなかった時、青柳君が声を掛けてくれた。そして笑顔で優しく相手をしてくれる。この子が青柳君に懐くのもよくわかります」
どうしよう。
そんな大した事はしていないのに、なんだか凄く高評価を受けているんだけど。
照れ臭すぎてシャーロットさんの顔が見られないな……。
俺は照れくさくなって思わずシャーロットさんから顔を背けてしまった。
しかし、俺が顔を背けている間もシャーロットさんの話は続く。
「見知らぬ土地に、言葉が伝わらない人たち。多分この子にとってこの日本は、とても怖い場所になっていると思うのです。ですから――もしよろしければ、この子が日本に馴染むまでの間遊び相手になって頂けませんか?」
「遊び相手……?」
思わぬお願いに、俺は腕の中でスヤスヤと寝ているエマちゃんを見る。
シャーロットさんが言っている事はわかる。
自分の言葉が通じないというのはとても不安になるし、ましてや知らない土地は怖いものだ。
幼いこの子にとってはその感情が人一倍大きいだろう。
しかし、俺にも都合がある。
普段は亜紀の家庭教師があるし、帰ってからは授業の予習や復習をしている。
その時間を削るとなるのはあまり喜ばしくない。
だけど――。
俺はチラッと、シャーロットさんの顔を見る。
シャーロットさんは真剣な表情で俺の顔を見つめてきていた。
今日初めて会ったばかりではあるが、彼女がどういう子なのかは少し理解出来たと思う。
他人に気を遣い、自分の事を後回しにする優しい子だ。
そんな子が、俺に迷惑を掛けるとわかっていても妹のためにお願いをしてきている。
その意味を考えると簡単に断っていいものではないだろう。
何より、エマちゃんに不安を与えたくない。
俺が相手になる事でその不安を取り除けるというのなら、答えなんて端から決まっているじゃないか。
「うん、いいよ。毎日夜は少し遅くなるかもしれないけど、それでもいいなら予定は空けられる」
「ありがとうございます!」
どうするか考えて頷くと、凄く嬉しそうにシャーロットさんがお礼を言ってきた。
この笑顔を見れただけでも引き受けて正解だったかもしれない。
勉強に関しては睡眠時間を削れば問題ないだろう。
人間、多少寝る時間が減ったところで死にはしない。
「――もう、ご家族の方が帰ってこられるでしょうか?」
少し雑談をした後、シャーロットさんが俺の家族について気にし始めた。
多分、遅い時間になっても誰も帰ってこない事に違和感を覚え始めているのだろう。
俺からすればシャーロットさんたちがいつまでも俺の部屋にいて、ご家族の方が心配しないのかが疑問なんだけどな。
いきなりお父さんが怒鳴りこんでくるなどの展開は勘弁してほしい。
何も悪い事をしていないのに怒鳴られるのはたまったもんじゃないからな。
まぁそれはそれとして――。
「誰も帰ってこないよ」
「えっ……?」
俺が短く事実を言うと、シャーロットさんが戸惑った表情を浮かべた。
ちょっと素っ気なく言ってしまったかもしれない。
俺は慌てて笑顔を作って言葉を
「いや、俺は一人暮らしだから、誰も帰ってこないって意味だよ」
「一人暮らし……? まだ高校生なのにですか?」
「あぁ、うん。そうだよ」
俺は言葉を短く切る。
この話題はあまりしたくない。
だから余計な事は言わず、言葉が続かないように切ったのだ。
シャーロットさんはやはり察しがいいのか、何か聞きたそうに口を開けては閉め、開けては閉めを繰り返し、最後には黙り込んでしまった。
俺がこの話題を望んでいないと理解しているのだ。
「おなか……空いたな……」
話す言葉がなくなってしまい、つい独り言を口走ってしまった。
亜紀の家から帰ってきてまだ何も食べていない。
おなかが減るのも当然だ。
「お食事、まだなのですか?」
小さく呟いたはずなのに、どうやらシャーロットさんには聞きとられてしまったみたいだ。
食い意地をはっているようで恥ずかしい。
「まぁ、うん……」
「私たちがお邪魔してしまったせいですよね? ごめんなさい……」
「い、いや、いいんだ! 後でコンビニにでも買いに行けばいいだけなんだから!」
シャーロットさんがシュンと落ち込んでしまったため、俺は慌てて言い繕う。
ご飯一つでそこまで気にされると逆に罪悪感がこみ上げてくるものだ。
「でも、もう夜も遅いですし……。お外に買いに行くのは危ないですよ?」
「大丈夫だよ。日本は他の国ほど物騒ではないからさ」
絶対安心出来るというわけではないが、日本で不審者に襲われる確率はかなり低い。
外国から来たシャーロットさんにはその辺の知識がないのだろう。
まぁでも、外国が危ないというわけではないけどな。
ただ少なくとも、日本のほうが安全だという事は言える。
「ですが………………そうです! 私がお食事を作ります!」
納得がいかないといった感じのシャーロットさんが、急に手をパンッと叩いて嬉しそうに言ってきた。
なんだろ、これは?
今日留学してきたばかりの美少女が手料理を作ってくれる?
どこの世界にそんな都合のいい幸せな展開があるんだ……?
「だめ、ですか……?」
「――っ!」
一人固まっていると、シャーロットさんが上目遣いで俺の顔を覗き込んできた。
不安げに小首を傾げる姿は小動物みたいでとてもかわいらしい。
もうかわいいやらいい匂いがするやらで頭が回らない。
「お、お願いします……」
「はい!」
頭が回らず流されるように返事をすると、シャーロットさんは凄く嬉しそうな笑みを浮かべて俺の部屋を出て行ってしまった。
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