第13話「部屋の前で待ち構える姉妹」

 夏を抜け始めたこの季節、夜風が気持ちいいと思いながら俺は帰路についていた。

 今日一日は今までの人生で一番密度が濃かった気がする。


 特に、シャーロットさんと接点が出来たのは大きい。


 このまま仲良くなれたら――とは、いかないだろうな。

 多分明日からは何事もなかったかのように他人として接する事になるだろう。

 人生は漫画ほど単純で都合がいいものではないからだ。


 ――そんな事を考えながら家に帰ってみると、俺の部屋の前に佇む二つの影が目に入った。

 一人は、月の光で照らされた銀色に輝く綺麗な髪を長く伸ばした女の子。

 もう一人は、獣耳フードを被っていて髪形などはわからないが、身長が凄く低い子供。


 うん、まず間違いなくシャーロットさんとエマちゃんだ。


『どうかした?』


 何か用事かと思い声を掛けると、二人が俺のほうを振り返った。

 シャーロットさんは家用の服なのかラフな格好になっており、無防備な恰好が逆にドキドキとさせられる。

 心なしか、頬が赤く染まっているように見えた。

 エマちゃんは獣耳フードがついたパジャマを着ており、幼さと相まってとてもかわいらしい。


『おにいちゃん……!』


 俺に気がついたエマちゃんがタタタッと駆け寄ってくる。

 転ばないか心配になったが、ちゃんと俺の元までたどり着く事が出来、ガシッと抱き着いてきた。

 そして、『えへへ』と満面の笑みを浮かべて俺の顔を見上げてくる。


 何この子?

 かわいすぎるんだけど。


 あまりのエマちゃんのかわいさに思わず顔がニヤケそうになってしまう。


 誰だってこんなかわいい子に笑顔で抱き着かれたら嬉しいものだろ?

 決して、俺がロリコンだというわけではないからな?


 俺は何処かの誰かに言い訳をしながら、腰をかがめてエマちゃんの視線の高さに合わせる。


『エマちゃん、何か用事かな?』

『えっとね、エマ、おにいちゃんとあそびたいの』


 嬉しそうに笑みを浮かべながら言ってくるエマちゃん。

 目が輝いていて、遊んでもらいたいとウズウズしている。 

 俺と遊びたくて家の前で待っていただなんて、どうやら思った以上にエマちゃんに懐かれているようだ。


 チラッとシャーロットさんの顔を見て様子を窺ってみる。

 するとシャーロットさんは、申し訳なさそうにしながら俺とエマちゃんを見ていた。


 目がバッチリと合い、少しだけシャーロットさんに見惚れてしまう。

 月の光に照らされる彼女が幻想的と言っても過言じゃないほど綺麗だったからだ。

 

『ごめんなさい、青柳君。エマがどうしてもと言って聞かなくて……。また脱走されても困りますので、少しの間お話相手になってもらえませんか?』


 脱走って……。

 確かに勝手に家から出て行ってしまったんだから脱走と言えなくもないが、中々面白い表現をするな、この子。

 

『いいけど……どれくらい待っていたんだ?』

『お風呂から上がって寝かせようとしたら駄々をこね始めたので、大体五分くらいでしょうか』


 お風呂上り――。

 だから、シャーロットさんの頬は赤くなっているのか。

 まだ熱が体にこもっているのだろう。

 頬が赤く染まっている事で更にシャーロットさんが魅力的に見えた。


『思ったより時間が経ってなくてよかったよ。まだ暖かい時期とはいえ、夜風で冷えるかもしれないんだから長時間待つのはよくない』

『はい、ご心配して頂きありがとうございます。エマが青柳君の部屋の前から離れようとしないのでどうしようかと困っていたのですが、青柳君が帰ってきて下さって助かりました』

『そうなんだ……』


 シャーロットさんの言葉を聞いて、視線を再びエマちゃんに戻す。

 俺たちが家に着いた時にはエマちゃんは寝ていたため、俺の部屋が隣だとは知らないはずだ。

 きっとシャーロットさんが隣に住んでいる事を教えて待っていてくれたのだろう。


 エマちゃんは俺とシャーロットさんが二人だけで話しているからか、つまらなさそうな表情で俺の顔を見上げていた。

 だけど目が合うと、凄く嬉しそうに目を輝かせる。

 かまってもらえると思ったのかもしれない。


 とりあえず寂しい思いをさせるわけにはいかないので、エマちゃんの相手をする事にする。

 だが、このまま外で話していると二人が湯冷めしてしまう。

 場所を移したいところだが――どうする……?


 多分場所を移そうと提案すれば、俺かシャーロットさんたちのどちらかの部屋に行く事となるだろう。

 もう夜も更け始めているし、幼いエマちゃんを外に連れ出すのはよくないだろうからな。

 それにあまり遅くなると、俺やシャーロットさんでさえ補導されかねないし……。


 だから場所は必然的に俺かシャーロットさんたちの部屋になるのだが、どちらもハードルが高い。

 俺の部屋にシャーロットさんを招くのは正直きついんだ。

 見られて困るものはないはずだが、気になっている人が自分の部屋にいるだなんてそれだけで落ち着かないだろう。


 しかし、それはシャーロットさんの部屋でも言える事だ。

 きっとドキドキし過ぎて心臓に悪いと思う。


 シャーロットさんも俺の部屋に来たり、自分の部屋に俺を招くのには抵抗があるだろうし……。

 仕方ない。

 ここは、シャーロットさんに判断をゆだねよう。


 このまま一人考えていても結論が出ない事と、結論を出したところでシャーロットさんに断られれば意味がないという事で、俺は彼女に判断を任せる事にした。


『シャーロットさん、場所移したいんだけど何処がいい?』

『そうですね……』


 俺からバトンを渡され、困ったようにシャーロットさんも考え始める。

 多分考えている事は俺と同じだろう。

 まぁ同じといっても、シャーロットさんが俺の事を意識しているという事はありえないが。


『エマ、おにいちゃんのおへやにいきたい……!』


 シャーロットさんの返答を待っていると、エマちゃんが俺の服をクイクイッと引っ張って自分の要望を言ってきた。

 うん、どうやら場所は確定してしまったようだ。

 一応シャーロットさんの事を見て確認してみるが、彼女も俺と同じ結論に至ったのか、コクンッと頷いて同意してくれた。


 俺の部屋にシャーロットさんを招くのはまだ抵抗がかなりあるが、彼女たちに湯冷めで風邪をひかれるよりは全然いい。


 ………………部屋、綺麗にしているよな……?


 彼女たちが来る事になって急に自分の部屋の事が心配になってしまう。

 これで部屋が汚いとか思われたら、俺はもう顔を合わす事が出来ないからな。


 俺たち三人はこの場で一番決定権を持つ幼女の言葉に従って、俺の部屋と移動するのだった――。

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