第12話「美優先生、ご愁傷様です」

「先輩……? 今日夕ご飯食べて行きますよね? 中にどうぞ」


 美優先生に笑いながら誤魔化していると、手をモジモジとさせながら上目遣いで俺の顔を見つめる亜紀が声をかけてきた。

 もしかしたら、俺がここに来たのはご飯を食べに来たんだと思われているのかもしれない。


「いや、いいよ。今日は家庭教師をしていないんだから、御馳走になるわけにはいかないだろ?」


 普段は家庭教師をする礼として亜紀の家で晩御飯を御馳走になっている。

 一人暮らしをする俺の健康を亜紀が心配してくれているというのが大きな理由だ。

 当然材料費は俺の給料から引いてもらっているし、亜紀のご両親からは許可を得ている。

 美優先生に関しては、亜紀と二人だけでご飯を食べるよりも人数が多いほうがいいと同意してくれた。

 

 ほぼ毎日一緒にご飯を食べたりしているから、俺は美優先生に結構遠慮のない言葉を言えたりするのだ。


「私もお姉ちゃんも気にしませんよ! 先輩に食べて頂きたいです!」


 さすがに申し訳ないと遠慮したのだが、なぜか亜紀が食い下がってきた。

 亜紀の気持ちは嬉しいけど線引きはきちんとしておきたい。

 それが亜紀の家庭教師を引き受ける時に自分で決めたルールだ。


「だけど、俺がこないと思っていたのならご飯が足りないだろ?」

「大丈夫です! お姉ちゃんの分は今日抜きにしますので!」

「おい、ちょっと待て!」


 ご飯抜きと聞いた瞬間、美優先生がすかさず口を挟んできた。

 亜紀の場合一度言い出したら本気でしかねないため、これも脅しじゃないとわかっているのだ。


「何? 先輩の事をこき使って私の大切な時間を奪ったお姉ちゃん?」


 ニコッとかわいらしい笑みを浮かべて亜紀が美優先生を見つめる。

 どうやら亜紀は、今日俺が遅刻した理由を全て美優先生のせいだと思っているみたいだ。


 まぁ元をたどれば美優先生に手伝わされた事が全ての始まりなので、間違いではないかもしれない。

 俺が一度学校を出た時に美優先生から亜紀に連絡はいっている。

 当然その知らせを聞いた亜紀は俺が美優先生の手伝いをしていた事を知っているため、それが原因で今日俺がこれなかったのは美優先生のせいだと思っているのだろう。

 まぁそれに、亜紀に連絡を入れられなかったのは職員室でからかってきた美優先生のせいという部分が結構な割合を占める気がする。


 しかし――さすがに、ご飯抜きはかわいそうに思えてきた。

 美優先生のおかげでエマちゃんやシャーロットさんと話せるようになったわけだし、このまま見捨てるわけにもいかないだろう。


「亜紀、ご飯は本当にいいよ。それに今回遅れたのは俺のせいで美優先生のせいじゃないからさ、美優先生を責めるのはやめてくれ。本当に今日は遅れてごめんな」

「先輩……」


 俺が謝ると、亜紀が複雑な表情で俺の顔を見つめてきた。

 そして少しだけ考えて、ゆっくりと口を開く。


「わかりました。先輩が線引きを大切にする方だとは私も理解しているつもりです。……先輩が遅れた事に関してはお姉ちゃんのせいだとは思いますが、先輩がそう言われるのでしたらこれ以上お姉ちゃんを責めません。それで、いいんですよね?」

「あぁ、ありがとう」


 渋々ながらではあるが納得してくれた亜紀に、俺は素直にお礼を言った。

 亜紀は仕方ないなぁといった表情で俺の顔を見つめている。

 こっちの気持ちも汲んでくれるから、やっぱり亜紀は優しくていい子だ。

 本当、美優先生の妹とは思えない。


「うんうん、私はいい生徒を持って幸せだ」


 全ての罪から逃れた美優先生は、満足がいったように頷いていた。

 亜紀の怒りも逸れたし、もう怖いものはないといった感じだろう。

 だけど、亜紀がこのまま終わらせるはずもないんだよな……。


 俺の考えを裏付けるかのように、またニコニコと笑みを浮かべた亜紀が美優先生の顔を見上げる。


「ふふ、お姉ちゃん? ご飯は食べていいけど、もう今日の料理は出来上がってるから変更は無理なの。それでね――今日の夕ご飯は、激辛尽くしだから、よろしくね?」

「嘘、だろ……?」

「うぅん、本当」


 顔を青ざめながら聞き返す美優先生に対して、亜紀は凄くいい笑顔で答えた。

 激辛にしていても亜紀の料理なら当然おいしい。


 しかし、辛いものが苦手な美優先生からすれば食べられたものではないだろう。

 おそらくだが、亜紀の怒りが頂点に達した際に献立を変更しておいたんだろうな……。

 今度亜紀に激辛メニューを頼もうと思っていたが、今回の件で忘れる事にしよう。


 美優先生、ご愁傷様です。


 ――俺はガクッと肩を落とした美優先生を横目に、チョコケーキが入った箱を亜紀に渡して立ち去るのだった。

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