第11話「童顔美少女のパジャマ姿」

 美優先生の後ろに立って、ニコニコ笑顔で先生を見据えている童顔な後輩。

 普段ならかわいらしさを感じる笑顔が今日は凄く怖い。

 亜紀は少し機嫌が悪い時や拗ねている時は頬を膨らませて子供っぽく怒る感じになる。

 

 しかし――本気で怒っている時は、ニコニコと笑みを浮かべるのだ。


 この子は基本優しいため、他人に怒鳴ったり文句を言ったりはしない。

 だからこそ、キレている時は一応自分を抑えようと我慢して笑みを浮かべようとする。

 だけど怒りを完全に抑えきれていないため、若干態度や声色が変わってしまう。

 その結果、ニコニコ笑顔で異様な雰囲気を纏う亜紀が誕生してしまっているのだ。


 ここまで亜紀が怒っているとは……一体、美優先生は何をしたんだ?

 ……いや、恐らく半分くらいは俺のせいなんだろうけど。


 家庭教師をする時間に遅れた挙句、連絡もしていない。

 そして亜紀が送ってきたメッセージはオール無視。


 ――うん、怒っていても全然不思議じゃないどころか、怒っているほうが普通だな、これ……。

 でも、学校を出る時に亜紀へ連絡したらそんなに怒っている感じではなかったんだけどな。


 遅れてしまったし、エマちゃんたちの事があったから今日は家庭教師を休みたいと伝えたのだが、普通に《わかりました。先輩にはいつもお世話になっていますので、今日くらいゆっくり休んでください》と返事がきただけだった。

 それなのにどうしてこんなふうになってるんだろう?


 俺は疑問に思いながらも、とりあえず亜紀に声を掛ける事にする。

 このまま黙っているのは逆に怖いからだ。


「亜紀、遅れてごめんな? その、亜紀の好きなチョコケーキ買ってきたから……」

 

 俺は美優先生越しに亜紀へと声を掛けた。

 すると、亜紀はビクッと体を揺らし驚いた表情で俺の顔を見てくる。


「せ、先輩!? えっ、嘘!? どうして先輩がここにいるんですか!? 今日はもうこられないと思ってたのに――!」


 どうやら亜紀は俺の事を認識していなかったようだ。

 俺がいる事に気が付くと、手鏡を取り出して慌てて髪型をチェックし始める。

 普段からキッチリとしているし、今も特段髪型が崩れているようには見えないのだが、やはり亜紀も女の子という事か。


「――おい」


 髪型を弄っている亜紀の事を見つめていると、美優先生が俺にだけ聞こえる声で話し掛けてきた。

 どうしたのかと思って視線を向けると、口パクで何かを伝えようとしている。


《ほ、め、ろ》


 読み取った口パクから察するに、どうやら亜紀の事を褒めろと言っているみたいだ。

 俺に妹のご機嫌取りをさせるなと言いたいが、若干亜紀の機嫌が直り始めているためチャンスなのには変わりない。


「亜紀、そのパジャマよく似合っているな」


 俺は亜紀が着ているピンクと白を基調とした、水玉模様のパジャマについて褒めた。 

 実際かわいらしい絵柄で、身長が低く童顔の亜紀によく似合っている。


 ――のはずなのだが、俺が褒めると美優先生がガクッと体を崩した。

 そして額を手で抑え首を横に振る。

 口では《そうだけど、そうじゃないだろ?》と言っているようだった。


 おかしい。

 ちゃんと褒めたのに。


 亜紀を見ればみるみるうちに顔が赤くなり、最終的には真っ赤になっていた。


 こいつ、熱でもあるんじゃないだろうか?

 今は九月になったばかりだし、夏風邪が残っていないとも限らないしな。


「先輩にパジャマ姿を見られちゃった……。うぅ……恥ずかしい……。でも、似合ってるって言ってもらえた……!」


 亜紀は俯いて何かブツブツ言っているが、声が小さすぎて何を言っているのか聞き取れない。

 とりあえず百面相みたいに表情がコロコロ変わっている事だけはわかる。

 見た感じは機嫌が直ったようだ。

 やっぱり、美優先生の言う通りにして正解だった。


 ……その美優先生といえば、なぜかジト目で俺の事を睨んできているのだけど。

 いったい俺が何をしたというのか。

 ちゃんと言われた通りに褒めたのに、なぜジト目を向けられているのかがわからない。


 納得がいかずに美優先生を見ていると、美優先生が口を俺の耳に寄せてきた。


「お前な? さっき亜紀は髪型を気にしていただろ? そういう時は、髪型を褒めてやるんだよ。まぁでも、服装を褒めるのは悪くない。だがな……パジャマを着ている時に褒めるのは、さすがにないだろ?」


 まさかの駄目だしだった。

 どうやら俺は褒める場所を間違えていたらしい。


 なるほど、パジャマ姿を褒めたから亜紀は恥ずかしがっているのか。

 確かにパジャマを褒めたのは間違いだったかもしれない。

 しかし、言い訳をさせてほしいんだが……生まれてこの方彼女いない歴イコール年齢の俺に、女の子の褒め方がわかるはずがないだろ。


「……すみません」


 まぁそんな情けない事など口に出来るはずもなく、というか口にしたくないので渋々謝っておいた。


「とりあえず、これからはもっと女心を勉強しろ。それがお前のためになる」

「はぁ……」

 

 女心の勉強と言われても、いったいどうすればいいんだ?

 漫画でも読めばいいのだろうか?

 美優先生に教えてもらう――は、なしだな。

 間違った方向に導かれそうな気がする。

 なんせ美優先生自身が恋愛経験がない上に、この人は多分女心を持ち合わせていないだろうからな。


「おい、青柳。お前今、私の事を馬鹿にしただろ?」

「い、嫌ですね、そんなわけないじゃないですか」


 相変わらずといえばいいのか、失礼な事を考えていると美優先生が敏感に反応してきた。


 この人は本当に人間なのだろうか?


 そう疑わずにはいられない。

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