第10話「かわいい笑顔に隠された恐怖の笑顔」
「――どうだ、驚いただろ?」
亜紀の家の前で鉢合わせした美優先生が、俺の話を聞いて楽しそうに笑っていた。
人の気も知らないで完全に面白がってやがる。
ちなみに、シャーロットさんとはあの後すぐに別れた。
少し頭の中を整理する時間が欲しかったのと、亜紀の家に行く用事があったからだ。
幸いエマちゃんは寝たままだったため駄々をこねられる事もなく出てこられた。
その後はすぐにケーキ屋に向かって亜紀が好きなチョコケーキを買ってきたわけなのだが……やっぱり買ってこずに、美優先生を困らせてやればよかったかもしれない。
「驚いたどころじゃないですよ。一体どうなってるんですか、あれは……?」
「おい、何を疑ったような目をしているんだ。言っておくが、私はシャーロットの引っ越しに関しては何も関与していないぞ? シャーロットの住所を知った時にお前の隣に住んでいると気が付いたんだからな」
偶然にしては都合が良すぎる展開に美優先生が裏で手を回していたんじゃないかと少し疑っていたが、どうやら本当に偶然だったようだ。
まぁ普通に考えれば美優先生が手を回せるはずもないか……。
「はぁ……明日から、どんな顔して学校に行けばいいんだか……」
「ん? 普通な顔をして行けばいいだろ? 何を意識する必要がある? ……もしかしてお前、シャーロットに惚れたのか?」
「――っ!」
俺の独り言を聞き取った美優先生が、訝しげに俺を見てきた。
慌ててブンブンと首を横に振って否定をしたが、美優先生は更に疑わしげに見てくる。
「な、なんですか……?」
「なぁ青柳。シャーロットってかわいいよな?」
「ま、まぁ、一般的に見ればそうでしょうね……?」
「人当たりもよく、素直でいい奴だよな?」
「今時珍しいくらいには、いい子だとは思いますね……」
「――決まりだな」
「何がですか!?」
得心がいったという表情をする美優先生に対して、俺は思わず声を上げた。
質問に答えただけで何を決めつけてるんだ、この人は。
まぁ確かにそういう気持ちがないと言えば嘘になる。
だが、俺がシャーロットさんを好きになっているという態度は見せていないはずだ。
………………うん、多分。
今日一日の事を思い返してみると、段々と自信がなくなってきた。
まだバレていないとは信じたいところだ。
この先生も勘がいいだけで、確信を得ているわけではないだろうしな。
「だってお前、今まで女子の事をかわいいって言った事がないだろ?」
「そ、それは、一般的にと前置きをしたはずです」
「じゃあ亜紀はどうだ? 姉の私が言うのもなんだが、あいつもかなりレベルが高いと思うが?」
「あ、あいつは後輩ですから、そんな目で見た事はないと言いますか……」
「つまり、シャーロットの事はかわいいと見ていると?」
「そ、それは――」
段々と美優先生によって俺の逃げ場がなくされていく。
ここで認めてしまえば絶対に美優先生は俺がシャーロットさんの事を好きだと決めつけるだろう。
しかしだからといって、否定をしても誤魔化していると捉えられるだけだ。
つまり――既に、詰んでいる……。
「なぁ青柳、もう諦めろ。お前、さっきからシャーロットの事を話す度に照れてるんだよ。お前みたいに普段冷静な奴がそんな態度を見せるなんて、その時点で大体察する事が出来るだろ?」
どうにか誤魔化せないかと考えていると、美優先生が俺の肩にポンッと手を置いてきた。
その目は『わかってるからな』と微笑ましいものを見るような目になっている。
一見すれば生徒の事を優しく見守る先生のようだ。
――だが、俺は見過ごさなかった。
一瞬、『面白いものを見つけた』という表情を美優先生がした事を。
もうこの人嫌だ……。
心からそう思ってしまう。
「美優先生、それよりもどうして玄関の前に立っていたんですか?」
このまま話を続けていると根掘り葉掘り聞かれるのは目に見えていたため、俺は早々に話題を変える。
次に話題にしたのは、俺がここに着いた時に美優先生が玄関にもたれて立っていた事についてだ。
まるで誰かを待っているかのような態度だったのははっきりと覚えている。
「お前、話を誤魔化そうとしても駄目だぞ?」
当然そう簡単に美優先生は逃がしてくれないのだが、この人が玄関にもたれていた理由を察している俺はすぐに次の手を打つ。
「亜紀が怖くて俺を待っていたんですか?」
「な、なんの事だ?」
美優先生は冷静を装って首を傾げるが、声がどもった事によって俺は確信をする。
この人は怒っている亜紀が怖くて俺がケーキを持ってくるのを待っていたのだ。
いつも学校で先生方から恐れられている美優先生だが、実は自分の妹の事を苦手としている。
正確には、怒った時の妹を――だが。
「あっ、亜紀、悪いな遅れて」
「――っ!?」
俺が美優先生の後ろにいる誰かに声を掛ける素振りを見せると、美優先生は焦った表情で慌てて後ろを振り返った。
もうこれで言い逃れは出来ないだろう。
亜紀がいる素振りを見せたたけでこれだけ焦るのだからな。
当然、美優先生の後ろに亜紀なんていない。
ただハッタリをかましただけだ。
玄関が開いた音がしていないのだからいつもの美優先生なら絶対に騙されなかっただろうに。
今日の亜紀は余程機嫌が悪いと見える。
これは美優先生にケーキを渡して早々に帰ったほうがいいかもしれないな。
「
「お互い様です。じゃあ約束通りケーキは買ってきたんで、俺はこれで」
このまま長居する事は得策ではないと思った俺は、美優先生にケーキを渡そうとする。
俺も怒っている時の亜紀とはなるべく関わりたくないからさっさとここから立ち去りたいのだ。
――しかし、美優先生はケーキを受け取らなかった。
「ま、待て! お前が渡さねば意味がないだろ!? なんのためにお前に金を渡してケーキを買ってこさせたと思っているんだ!?」
「え? 自分で買いに行くのがめんどくさかった、もしくはケーキを買うような柄ではないからじゃないですか?」
「お前まじか!? あれか、天然なのか!? いつもの察しがいいお前は何処に行った!?」
俺が首を傾げると、美優先生が驚いた顔をして詰め寄ってきた。
何かおかしな事を言っただろうか?
………………別段、おかしな事は言ってない気がするが?
美優先生の態度に俺は更に首を傾げてしまう。
すると、何処からともなく幼さが残ったかわいらしい声が聞こえてきた。
「――お姉ちゃん、何を家の前で大声を出してるのかな? 近所迷惑だよ?」
声がしたほうを慌てて見れば、美優先生の後ろにある玄関のドアがいつの間にか開かれている。
そしてドアの先には、綺麗な黒髪を両サイドに結んでいるツインテールヘアーの小柄な美少女が立っていた。
――俺の後輩であり、美優先生の妹でもある亜紀だ。
亜紀はニコニコとかわいらしい笑みを浮かべているにもかかわらず、何か異様な雰囲気を纏っている。
まず間違いなく機嫌が悪い時の亜紀がそこにはいた。
かわいさと恐怖を両立させる後輩を前にして、俺と美優先生の顔は引きつってしまう。
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