第9話「あまりの幸運」
シャーロットさんのかわいさにやられた後、俺たちの間には気まずい空気が流れていた。
俺はもうシャーロットさんの顔を見れなくなっているし、シャーロットさんも自分の汗の事が気になるのか未だに俺から距離をとっている。
エマちゃんに関しては、スヤスヤと俺の腕の中で寝始めてしまった。
この子は中々の自由人だ。
「「――あ、あの……」」
沈黙が気まずくて何か話をしようと思ったら、俺の声とシャーロットさんの声が重なってしまった。
俺はもう少し黙っておけばよかったと思いながらも、すぐに口を開く。
「ごめん、何かな?」
「あっ、いえ……青柳君こそ、何かお話があるのですよね?」
「いや、俺のはいいよ。シャーロットさんの話を聞かせてよ」
「いえ、私も大丈夫ですので……青柳君のお話を聞かせてください」
お互いに話す事を譲り合う俺たち。
気まずい空気をどうにかしようと声を出しただけで話の内容なんて考えてないし、両方が譲るせいで更に空気が気まずくなってしまった。
とにかく、このままだと気まずくなる一方なため、俺は何か話題を振る事にする。
ちなみにエマちゃんが寝ているため、話す言語は日本語に戻していた。
「えっと……クラスには慣れた?」
「そうですね……正直、まだ慣れてはいませんね」
うん、そうだよな。
だって今日留学してきたばかりだもん。
これで慣れたと言われてもただ言い繕われているようにしか聞こえない。
どうしてこんな話題を振ったんだ、俺は……。
気まずい空気だけじゃなく、シャーロットさんが相手という事で緊張して頭が回っていないのかもしれない。
この話題は普通に失敗だった。
何か別の話を振らないと。
俺がそんなことを考えていると、シャーロットさんが何やら俺の顔を見つめてきた。
だから俺も視線を向けると、彼女はゆっくりと頭を下げる。
「――今日は、ありがとうございました」
そして彼女が言ってきたのは、お礼の言葉だった。
おそらくエマちゃんを保護した事を言っているんだろう。
「もうお礼を言うのはやめてほしい。エマちゃんを助けたのは偶然だし、お礼ならさっき聞いたからさ」
「いえ、エマの事はもちろんなのですが、今日私をかばって頂いた事に関してもお礼を言わせて頂きたいのです」
そういえば、俺が庇った事を彼女は気付いていたんだったな。
職員室の時はエマちゃんの事があったからスルーしてしまった。
彼女を庇うために動いたと知られると恥ずかしいから、そのまま終わりという事にしてほしかったんだが……。
ただ、もう話題にあげられてしまったのなら誤魔化すのはやめよう。
それにもしあの時の事を誤解をしているのならその誤解は解いておきたいし、丁度いいのかもしれない。
俺は少し照れ臭かったが、シャーロットさんの目を見つめて口を開く。
「誘うのはいい事だけど、無理強いはよくないからな。でも彰は悪気があったわけじゃないから、許してやってほしいんだ」
彰はシャーロットさんが早くクラスに溶け込めるように動いただけだし、妹を連れてきていいと言ったのも善意から言っている。
あいつならエマちゃんを邪魔者扱いはしないし、本当に歓迎していただろう。
その事を誤解されて、無理矢理誘ってくるような奴とは勘違いしてほしくなかった。
「はい、わかっております。歓迎会をして頂けると聞いた時は凄く嬉しかったです。ですが、家にはエマが一人でお留守番をしていましたし、日本語が話せないこの子を外に連れ出すのは怖い思いをさせると思いましたのでお断りさせて頂いたんです。そんな私を青柳君は庇ってくださっただけでなく、私が気にしないでいいように別の理由で皆さんを説得してくださいましたよね? そのせいで青柳君を悪者にしてしまってごめんなさい」
お礼を言われたと思ったら、今度は謝るという意味でシャーロットさんは頭を下げてきた。
あの時はうまくやったと思ったのに、逆にシャーロットさんに責任を感じさせてしまったようだ。
俺の思惑が気付かれなければこうはなっていなかったのだが、シャーロットさんは察しがいいみたいだな。
「気にしないでいいよ。俺がしたいようにしただけだし、何か問題が起きたわけじゃないんだからさ。むしろ気にされると、なんだかばつが悪くなってしまう」
「……青柳君は、優しいのですね。わかりました、気にしないようにさせて頂きます。ですがその代わり、私の感謝の気持ちは受け取って頂けると嬉しいです」
かわいらしい笑みを浮かべたシャーロットさんが、自分の胸元に両手を添えてお礼を言ってきた。
その笑顔はまるで天使のようだと思ってしまうくらいにかわいかった。
それに、ここまではっきりと感謝を口に出来る子は珍しい。
彼女が外国人というのもあるのかもしれないが、彼女自身が誠実な性格をしているからだろう。
あまり感謝される事には慣れていないからか、凄く照れ臭かった。
何よりシャーロットさんの笑顔がかわいすぎる。
「まぁ、うん……わかった」
シャーロットさんの顔を見続けられなくなった俺は、視線を若干シャーロットさんから逸らしながら返事をしておいた。
――それからは少しだけ空気が軽くなり、適当な雑談をしているととうとう俺が住んでいるマンションへと着いてしまった。
「えっと……シャーロットさんたちも中に入るの……?」
「はい」
マンションに入る前に最後の確認をしてみると、シャーロットさんは迷いを感じさせない笑顔で即答をした。
どうしてここまで清々しい笑みを浮かべているのかが理解出来ない。
いや、そもそもどうして俺の家にこようとしているのかが理解出来なかった。
やはり外国人はフレンドリーなのだろうか?
日本の学生なら出会ったその日に異性の家へと行く事はまずないだろう。
文化の違いとは怖いものだな。
俺たちは一緒にエレベータへと乗り、俺の部屋がある三階でエレベータを降りた。
シャーロットさんはまだ汗を気にしているようではあったが、俺の家に来る事に対しては気にした様子がない。
これは、俺を男として見ていないという事なのだろうか?
あまりにも平然としているシャーロットさんを見て俺は若干ショックを受けてしまった。
「ここが……俺の部屋だけど……」
ついに自分の部屋へと着いてしまい、戸惑いながらもシャーロットさんに紹介をする。
今の俺は緊張から喉が枯れてしまっていた。
家に着くまでは戸惑いのほうが大きかったが、いざ家に着くと緊張が一気に込み上げてきてしまったのだ。
女の子を家に招いたのなんて亜紀くらいなのに、シャーロットさんのような美少女を家に招待するとなれば緊張して当たり前だ。
「はい。あっ――少しお待ちください。今、鍵を開けますので」
シャーロットさんは笑顔でそう言うと、学生鞄の中をあさり始めた。
そんななか俺は、シャーロットさんが言った言葉が違和感満載だった事により、頭の中で彼女の言葉に疑問符を浮かべていた。
鍵を開ける――って、なぜ彼女がこのマンションの部屋の鍵を持っているんだ?
そして、どうして隣の部屋のドアに手を伸ばしている?
「開きました」
部屋の鍵がガチャッと音を立てると、シャーロットさんが嬉しそうな笑顔で俺の顔を見てきた。
「あっ、うん……」
俺は彼女の言葉に頷きながらも、戸惑いからそれ以上の言葉が出てこない。
正直言って、どうして彼女が隣の部屋の鍵を開けられたかについてはすぐに結論が出ていた。
しかし、確率からして信じられない事態だからこそ戸惑ってしまっているのだ。
「ふふ――実は私、青柳君の隣の部屋に住んでいたのです」
まるでいたずらが成功した事を喜ぶ子供かのように、シャーロットさんにしては珍しい子供っぽい笑みを浮かべている。
お茶目な一面もあるんだなと思う半面、どう言葉にしたらいいのかわからない感情に襲われていた。
美優先生が言っていた面白い事とは絶対この事だろう。
だからシャーロットさんも学校で得心がいった顔をしていたのだ。
おそらく彼女は、美優先生から俺たちの家が隣同士だという事を聞いていたんだと思う。
個人情報保護法やプライバシーの侵害に関しては言いたい事があるが、そこについてはツッコまないでおく。
美優先生にも考えがあっての行動だと思うからだ。
だがな――今日一日、一体どうしたんだ?
漫画にでも出てきそうな美少女が同じ学校に留学してきただけでなく、クラスまでもが一緒となっている。
そして帰り道に出会った迷子の女の子を助けると、偶然にもその子は今日留学してきたばかりの美少女留学生の妹だった。
そのおかげで美少女留学生とお近づきになれただけでも幸運なのに、挙句その美少女留学生たちは隣の部屋に住んでいるだと……?
俺、今日一日で人生の運全てを使い切ったんじゃないだろうか……。
――あまりの幸運続きに、俺は今後が怖くなるのだった。
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