第7話「決してロリコンというわけではない」

 ――満面の笑みで『お兄ちゃん』と呼ばれ、何かが俺の胸を射抜いた気がする。


 別に『お兄ちゃん』と呼ばれたいという願望なんてなかったはずなのに――なぜだろう、エマちゃんから『お兄ちゃん』と呼ばれた事が凄く嬉しい。

 あまりのかわいさに頬が緩みそうになってしまう。


 まだ発音はおかしいけど、ニコニコの笑顔で俺の顔を見つめるエマちゃんの頭を撫でてみた。

 するとエマちゃんは猫みたいに目を細めて気持ち良さそうに頭を預けてくる。


 なんだろう、このかわいい生き物は?

 ずっと頭を撫でていたくなる。


 ――んっ?


 あれ……それはそうとして、何か忘れてないか……?


『うん、ちゃんとお兄ちゃんって呼べたね。じゃあエマ、そのお兄ちゃんは用事があるみたいだから、今度は手を放してあげて? エマは私と一緒に帰ろ?』


 そうだった、亜紀との約束があったんだ。

 今さっき思い出したばかりなのに俺はもう亜紀の事を忘れていた。

 こんな事亜紀に知られたら拗ねて怒られそうだ。


『やっ!』


 亜紀が頬を膨らませて怒る姿を想像していると、シャーロットさんに帰ろうと言われたエマちゃんがなぜかプイッとソッポを向いた。

 この態度にはさすがのシャーロットさんも戸惑ってしまっている。


『エマ、どうしたの? 私とお家に帰ろ?』

『エマ……おにいちゃんといる……! おにいちゃんとかえる……!』


「「「「「えぇ!?」」」」」


「ん? どうした?」


 エマちゃんの突然の発言に、職員室にいたみんなが驚く。

 唯一英語がわからない美優先生だけが怪訝そうに首を傾げていた。


「あっ……えっと、その……エマが、青柳君と一緒にいたいらしいです……。だから、青柳君と帰るって言っています……」


 美優先生が英語を理解していないとわかると、優しいシャーロットさんが通訳をしてくれた。

 今は美優先生よりも妹のほうを優先したほうがいい気がするけど……。


「なるほどな。亜紀の事はあるが……いいじゃないか、青柳。一緒に帰ってやれ」

「まじで言ってるんですか? そんな事出来るわけないでしょ?」

「どうしてだ?」

「いや、どうしても何も、家にまで送り届けたとしてもそこでまた駄々をこねると思いますが?」

「まぁそこは言い聞かせ方だな。なぁ青柳、とりあえず一度そのまま二人と一緒に自分の家へと帰ってみろ。面白い事がわかるから」

「はぁ……?」


 二人と一緒に俺の家に帰ってみろって、どういう事だ?

 もしかして俺の家に招待しろと言っているのか?


 いや、そんなの無理だぞ?

 さすがにシャーロットさんも抵抗があるだろうし。


 美優先生は一体何を言い出しているんだと思いながらシャーロットさんの様子を確認してみると、なぜか納得がいったような顔をしていた。

 

 おい、ちょっと待ってくれ。

 この状況を理解出来ていないのは俺だけなのか……?


「青柳君、申し訳ございません。よろしければ、私たちと一緒に帰って頂けますか?」

「まじで言ってるの!?」

「はい、お願い致します」


 ペコリと頭を下げてくるシャーロットさん。

 どうしよう、全然状況についていけていない。

 たまに人をからかって面白がる美優先生はともかく、どうしてシャーロットさんまで一緒に帰るよう言ってきたんだ?

 

 突然の展開に俺の頭はもう混乱していた。

 こんな急展開になればそれも当然だろう。

 いったい美優先生とシャーロットさんは何を考えているのか――。


 そして、一緒に帰ったところでどうなるんだ――と、色々と頭に浮かんでしまう。


 だけど、答えが出てくる気配は全くない。

 俺が持つ知識をフル稼働させようとこの状況で答えを出してくれるような物はなかった。


 だからとりあえず――

「はい……」

 ――考えるのに疲れたため、俺は流れに身を任せる事にした。



          ◆



「えっと、帰ろうか……?」


 職員室を出てすぐ、俺は隣にいるシャーロットさんに声を掛けた。


 この言葉には、《本当に俺の家に行くのか?》というメッセージを込めたつもりなのだが――

「はい、よろしくお願い致します」

 ――シャーロットさんには伝わっていないようだ。

 

 シャーロットさんは優しい笑みを浮かべて俺の顔を見上げてきている。


 なんだろう?

 俺は今夢を見ているのか?

 今日留学してきたばかりの美少女と一緒に帰ろうとしているのが、現実的じゃなくてどうにも信じられない。


 ――クイクイ。


『ん? どうかした、エマちゃん?』


 シャーロットさんを見ていると、エマちゃんが俺の服の裾を引っ張ってきた。

 視線を向けると、エマちゃんは大きく両腕を開く。

 これはもしかして――。


『だっこ』


 やっぱりか……。


 見覚えのある行動から、エマちゃんが求めている事には予想がついた。

 寝起きで歩くのが嫌なのか、抱っこを気に入ってしまったのかはわからないが、姉の前で妹を抱っこするのは中々勇気がいるんだが……。


 俺はチラッとシャーロットさんを見てみる。

 するとシャーロットさんは拒否するように首を横に振った。


『エマ、青柳君に迷惑がかかるからだめだよ? ちゃんと歩こうね?』


 シャーロットさんは腰をかがめてエマちゃんの視線の高さに合わせると、優しく言い聞かせようとしていた。

 微笑ましい光景につい目が奪われてしまう。


 しかし当の本人であるエマちゃんは納得がいかなかったのか、ブンブンと首を横に振った後もう一度俺を見つめてきた。

 その目はウルウルとしており、『だっこして』と訴えかけてきているように見える。


 幼い子にこんな表情をされれば誰だって甘やかしたくなるだろう。

 決して、俺がロリコンというわけではない。

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