第6話「おにいちゃん!」
――シャーロットさんが来るのを待ち始めてから二十分ほど経った頃、勢いよく職員室のドアが開かれた。
反射的に視線を向けると、クラスで見た可憐なイメージとは程遠い汗をいっぱいかいているシャーロットさんの姿が見える。
シャーロットさんは肩で息をしていてとても苦しそうだ。
その姿からは、一生懸命エマちゃんを探していた事が窺える。
「エマ! エマは何処にいますか!?」
「落ち着け、シャーロット。お前の妹ならあそこで寝ている」
取り乱してしまっているシャーロットさんに対して、美優先生が親指で自分の後ろにいるエマちゃんを指さす。
エマちゃんは疲れてしまったのか、五分ほど前から椅子に座ってスヤスヤと眠っている。
寝顔は天使みたいにとてもかわいいのだが、シャーロットさんの事を思うと寝ずに起きていてほしかった。
寝ている呑気な妹を見て、シャーロットさんは床へとへたり込む。
「だ、大丈夫……?」
いきなり座り込むものだから、心配になって声をかけてしまった。
声を掛けられたシャーロットさんは俺の顔を見上げてきたのだけど、体勢的に上目遣いになっている。
そしてエマちゃんを心配していたからか、目には涙が浮かんでいた。
……正直に言おう。
凄く、かわいい。
「ごめんなさい……安心したら、力が抜けてしまいまして……」
「うん、気持ちはわかるよ。家に帰って妹がいなくなってたらそりゃあ必死に探すし、見つかったら心の底からホッとするよね」
「そうですね、家に着いた時は全身から血の気が引きました……。青柳君が見つけてくださったんですよね? 本当にありがとうございます」
丁寧にお辞儀をしてくれるシャーロットさん。
礼儀正しい様子から彼女の育ちの良さが窺えた。
それに、本当によく日本語を知っている。
ただ……教室にいた時から気になっていたのだが、彼女の言葉遣いはまるでお嬢様みたいな感じだ。
一体誰から日本語を教わったのだろう?
彼女が日本語を覚えた経緯が気になったが、今の俺にはそれ以上に気になる事があった。
「俺の名前、憶えてくれてたんだ?」
彼女に自己紹介をした覚えはない。
まぁ先生やクラスメイトが俺の名前を呼んでいたから聞いた事はあるだろうけど、まさか覚えてくれているとは思わなかった。
「あ、今日困っているところを助けて頂きましたので……。それに、花澤先生から何か困ったら青柳君を頼るように言われてましたので、お名前は存じ上げておりました。先生のおっしゃられた通り、青柳君は頼りになる御方ですね」
シャーロットさんから急に褒められてしまい、俺は咄嗟に顔を背けてしまう。
多分赤くなっているであろう顔を彼女に見られたくなかったのだ。
花澤先生とは美優先生の事なんだが、まさかシャーロットさんにそんな紹介をしてくれているとは思っていなかった。
照れくさくはあるけど、素直に嬉しい。
日頃から美優先生にコキ使われていてよかったと思った。
「青柳、お前が照れるなんて珍しいな。顔が真っ赤じゃないか」
……一瞬でもこの人に感謝した自分を馬鹿だと思う。
「うるさいです。別に照れてません」
「ほっほ~? いいのか? 亜紀に今のお前の顔写真を送るぞ?」
「どうして亜紀が出てくるんですか! ――って、やばい! 亜紀の事忘れてました!」
後で連絡しようと思っていたのに、職員室に来てからずっと茶化されていたせいで連絡するのを忘れていた。
見れば、約束の時間はとっくに過ぎてしまっている。
俺はエマちゃんを起こさないようにスマホをエマちゃんの手からとると、すぐに通知が来ていないか確認をしてみる。
結果――予想はしていたが、大量のメッセージと電話が来ていた。
当然送り主は亜紀だ。
「お前、やったな……」
「どうして他人事のような顔をしているんですか、美優先生……? これ、半分はあなたのせいですよ……?」
「……なぁ青柳。金は出してやるから、とりあえずケーキでも買って亜紀に持っていってやれ」
自分にも非がある事を認めた美優先生は、ソッと千円札を渡してきた。
これで亜紀のご機嫌を取れという事だろう。
亜紀の機嫌を損ねれば一番痛い目を見るのは美優先生だからな。
「ありがとうございます。じゃあ俺はもう行きますんで。シャーロットさんもまた明日――って、エマちゃん!?」
美優先生からお金を受け取って職員室を出ようとすると、寝ていたはずのエマちゃんに服の裾が掴まれていた。
どうして服を掴んできているのかがわからない。
『あきひと、どこにいくの……?』
少し寝ぼけているようにも見えるが、不安そうな表情でエマちゃんが見上げてくる。
一瞬困ったような顔をするシャーロットさんが横目に映ったけど、それよりも今はこの子をどうにかしないといけないだろう。
『ごめん、俺行かないといけないところがあるからさ。エマちゃんの姉――えっと、ロッティーさんは来てくれたから、もう大丈夫だよ』
俺は心配かけないように笑顔で告げた後、シャーロットさんに視線を向ける。
エマちゃんも俺の視線につられて同じ方向を見ると、自分の姉がいる事に気が付いて表情を輝かせた。
『ロッティー!』
エマちゃんは嬉しそうにシャーロットさんの愛称を呼ぶと、そのまま駆け寄る――と思いきや、頑なに俺の服は掴んでいた。
この子、どうして放してくれないのだろう……?
『エマ、その人の事はお兄ちゃんって呼ぼうか』
『おにい、ちゃん……?』
シャーロットさんはエマちゃんの事を引き受けてくれるかと思いきや、なぜかエマちゃんに俺の事を《お兄ちゃん》と呼ぶように促した。
エマちゃんはまるでローマ字を読むかのように《お兄ちゃん》を復唱していたが、やはり幼いのと日本語に慣れていないせいで発音がおかしい。
だけどそれが何処かかわいらしかった。
「えっと、シャーロットさん……?」
「あっ、ごめんなさい。日本人の青柳君は年下の子に呼び捨てにされるのが慣れてないと思いまして……。日本ではこういう場合、年上の男の方をお兄ちゃんと呼ぶのですよね?」
あぁ、そういう事か……。
確かに日本では年下に呼び捨てにされる事は珍しい。
逆に外国では呼び捨てが当たり前だと知っていたから気にはしなかったが、シャーロットさんは俺に気を遣ってくれたのだろう。
「絶対そうだってわけじゃないけど、確かに多いな。でも気にしなくていいよ?」
「いえ、郷に入っては郷に従えです。これから日本で暮らすのですから、エマには日本の習慣を身に着けてもらいたいのです」
やっぱりこの子は頭がいいよな。
日本人でも知らない人が多そうな言葉をよく勉強している。
今回は彼女が言ってる事に一理あるし、ここは譲るべきだろう。
「わかった、それでいいよ」
「はい、ありがとうございます」
俺が認めると、シャーロットさんは嬉しそうに笑みを浮かべてエマちゃんに向き直した。
そしてエマちゃんの視線の高さに合わせるように腰を屈めると、エマちゃんに《お兄ちゃん》を復唱させる。
優しく妹に教えている光景が微笑ましいなと思って見つめていると、復唱を終えたエマちゃんが俺の顔を見上げてかわいらしい笑みを浮かべた。
『おにいちゃん!』
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【あとがき】
読んで頂き、ありがとうございます(#^^#)
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これからも是非、楽しんで頂けますと幸いです♪
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