第3話「生徒思いな先生」
「――さんきゅーな」
騒ぎが終息したことを確認して、ボソッと彰が耳打ちをしてきた。
さっき俺がアイコンタクトをした事でシャーロットさんが困っている事に気付き、彰は手の平返しをして俺側についてくれたのだ。
これはそのお礼だろう。
あのまま気付かずに騒いでいれば、シャーロットさんからの印象を下げかねなかったからな。
俺はコクリとだけ頷き、帰り支度を始める。
特に用事はないけど、みんなの空気を害した俺はさっさと立ち去ったほうがクラスの雰囲気もいいだろうからな。
しかし――。
「――ほぉ、クラスの平均点を一番下げている西園寺にしては、随分と殊勝な心掛けじゃないか」
みんながそれぞれ帰り支度を始めた直後、どこからともなく聞こえてきたのはとても楽しそうに意地悪な笑みを浮かべる美優先生の声だった。
「み、美優先生……? ホームルームが終わって職員室に戻ったんじゃ……?」
いきなり背後に現れた美優先生に対して、彰が冷や汗を流しながら振り返る。
どうやら今日怒られた事がまだトラウマになっているようだ。
何を言われたのかは知らないけど、この様子を見るにこってりと絞られたのだろう。
「まぁそんな怯えた表情をするな。今回はお前に用事があって戻ってきたわけじゃない」
「な、なんだ、それならそうと早く言ってくださいよ。全く、人騒がせなんですから」
「ふふ、悪いことをしていなければ私に怒られることもなく、ましてや怯える必要もないはずなんだがな? 自分のことを棚に上げるだなんて、また職員室に来るか?」
ホッと安堵した彰が余計なことを言うものだから、美優先生は額に怒りマークを付けながら笑顔で彰の肩を握った。
ミシミシと聞こえてくる音や、彰の激痛に声を震わせて体が崩れてしまっている様子を見るにとても強い力で握っているようだ。
「美優先生、彰に構うんじゃなくて何か用事があってこられたんじゃないですか?」
美優先生は気が済むまでやめないタイプの人間なため、俺は彰を助けるために間に入って別の話題を振った。
意外と単純な先生もであるからこれで簡単に気を逸らすことができるはずだ。
――しかし、俺は美優先生に用件を思い出させたことを後悔することになる。
「あっ、そうだった。お前に用事があって来たんだよ、青柳。ちょっと今から私と一緒にこい」
「えっ……?」
まさかの用事があるのは俺だと聞き、俺は思わず言葉を失ってしまう。
これはもしかして――。
「お前にも、今朝の罰を与えておこうと思ってな」
やっぱり……。
美優先生、バレなかったらいいって言ってたじゃないですか……。
――反抗すると逆に長引くため、俺は渋々ながら美優先生に連行されることにした。
◆
「悪いな、青柳。急に頼まれてしまったものだから人手が欲しかったんだ」
資料室で教材を整理していると、同じように整理をしている美優先生が謝ってきた。
現在俺は美優先生と一緒に資料室を片付けている最中だ。
「いえ、大丈夫ですけど……。ただ、人手が欲しかっただけなら脅かさないでくださいよ」
俺は手を動かしながらも、少しだけ不満を漏らす。
罰と言われた時は、彰と同じように説教を喰らうんじゃないかと危惧したくらいだ。
まぁ厳しく説教されたのは彰の自業自得なのだけど、美優先生なら俺に対してもやりかねないところがあるからな。
「手伝わす口実としては罰と言ったほうが都合がよかったんだ。あのまま西園寺だけに罰を与えていると、
美優先生は口は悪いが、言葉から俺の事を心配してくれているのがわかる。
男勝りで短気な性格をしていても美優先生は生徒思いでいい先生だ。
だから生徒からも人気があって、下の名前で親しげに呼ばれている。
「それにお前、また一人悪役を買っていただろ? どうしてそんなに損な役割ばかりするんだ?」
返事をしなかったからか、美優先生が質問を投げてきた。
俺は教材をしまっている手を止めて、美優先生に視線を向ける。
「一体いつからあの場にいたんですか?」
「青柳が西園寺を止める少し前だ」
「ほぼ最初からじゃないですか……」
「そうだな。話に割って入ろうかと思ったが、お前が動いたのを見てやめた。あまり生徒間の問題に教師が割って入るのはよくないし、お前なら任せて大丈夫だろうって信頼していたからな。だが、正直割って入っておけばよかったと今は思っているよ」
美優先生の口ぶりからは後悔をしている事が窺える。
多分、俺一人が悪者になったからだろう。
あの場ではああするのが一番だと思ったし、彰の事を信頼していたからこその行動だった。
でも、美優先生から見たら後味が悪かったのかもしれない。
「いいんですよ、あれで。別に俺は気にしてませんし」
「お前な……。
呆れたように呟く美優先生。
聞き捨てならない言葉に俺は思わず反応してしまう。
「待ってください。あいつ、そんな事言ってるんですか?」
「あぁ。他にも、《私がいなくて先輩寂しがってないかな? 一人寂しくご飯食べたりしてないかな?》って不安がっていたぞ」
美優先生の言葉を聞いて頭が痛くなってきた。
亜紀は美優先生の少し歳が離れている妹さんで、中学時代の俺の後輩だ。
美優先生とは真逆と言っていいくらい女の子っぽい性格をしているが、心配症で口うるさい部分がある。
「なんで彰も同じクラスにいる事を知ってて、俺がボッチになると思ってるんですかね……。それにほぼ毎日顔を合わせてるのに、そんな事俺には言ってきませんよ」
「そりゃあお前、そんな事本人に言ったら怒られるからだろ? それに、《西園寺先輩には人が集まるけど、先輩からはみんな離れちゃうもん》って言ってたぞ」
「……それ、俺に言ってもいいんですか? 泣かしますよ、あいつ」
「はは、心配するな。お前が亜紀に強く言えない事を知ってて言ってるからな」
「美優先生ずるいですね……」
「ずるくないと、この社会は生きていけないぞ」
全く悪気のない様子で、ためになるのかわからないアドバイスをしてくれた。
未だに真面目過ぎる亜紀とこの適当過ぎる美優先生が姉妹だとは信じられないな。
「おい、青柳。お前今何を考えてる?」
失礼な事を考えた途端、美優先生が敏感に反応した。
この人の怖いところはこういう野生の勘を働かせるところだ。
とりあえず首をブンブンと横に振って誤解だと主張しておく。
ここで正直に言えば彰同様説教をされかねない。
「そっか、気のせいか。……まぁいい。それよりも、お前はもっと自分を大切にしろよ?」
「結構大切にしているつもりですが?」
「どの口が言うんだ、どの口が……」
《はぁ……》と溜め息をつきながら額を押さえる美優先生。
どうして俺は呆れられているのだろう?
「美優先生、もうここでラストですし帰ってもいいですか? あまり遅くなるとあいつもうるさいので」
片付けるところがなくなった事を確認し、俺は帰りたい事を美優先生に伝えた。
このままここにいると、ずっと説教に近い事を言われそうだからさっさと立ち去りたい。
それに遅くなると亜紀の奴が心配するから、そろそろ出ないとまずいのもある。
「あぁ、ありがとう。亜紀には私のほうから連絡しておく。いつも助かってるよ、ありがとな」
「いえ、こっちはお金をもらってますので、当然の事をしているだけですよ。だからお礼を言われる筋合いはないです」
美優先生が俺にお礼を言ってきたのは、俺が亜紀の家庭教師をしているからだ。
高校に行ったらバイトを始めると亜紀に話した時、バイトをするなら自分の家庭教師をしてほしいと頼まれた事がキッカケになる。
最初は断ったがあいつの押しに負けたのと、亜紀の親も許してくれた事から俺は家庭教師のバイトをする事にしたんだ。
俺は美優先生に頭を下げると、そのまま亜紀の家を目指す。
亜紀の家はこの学校からそれほど遠くないためどうにか間に合うだろう。
――そう思ったのだが、どうやら約束の時間には間に合わなさそうだ。
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