青葉奈子の場合

前編

 ある日の朝。教室に入る途中で呼び止められた。


「奈子! 」

「寧々、おはよ」

「おはよ、今日も綺麗だね…。っじゃなくて! 」

「どうしたの」

「あんたまた告られたんだって!? 」

「うん」


 この子は私の友達の池野寧々いけのねね。高めのツインテールの猫目、口には棒付きキャンデーが特徴だの女の子だ。


「なんで言ってくれなかったのよ! 」

「なんでって、言う必要なくない? 」

「うっ、でっ、でも相手はサッカー部のエースでしょ!? 誰だっけ、えと」

「いいじゃん、断ったんだし」

「……やっぱ断ったんだ」

「うん」


 寧々はそう言って黙り込んだ。私はその隙に教室に入る。寧々はついてきて、前の席に私の方を向いて座り直す。


「あんたってさぁ、美人だし、結構告られるくせに全部断るじゃん」

「そうだね」

「忘れられない人でもいる訳? 」

「……いないって言ったら嘘になるけど、名前も顔も思い出せない人ならいる」

「いや誰だよ! 」


 すかさず突っ込みを入れる寧々に少し笑いつつ、思い出したら教えるよ、とだけ伝える。


「もぅ〜 」


 ふくれっ面の寧々は可愛らしくて、ほっぺをつつく。


「ちゃんと教えてよね、それに告白されたらそれも教えてね! 」


 そう言い残し、寧々は自分の席に戻った。わかったよ、とひらひらを手を振った。

 左側のグラウンドを見ると、サッカー部やら陸上部が朝練をしていた。

 そう言えばもう少しで夏の大会シーズンか。怪我する人続出しそうだな。そういや、……あの子も何かスポーツやってた気がする。


「元気かなぁ」


 気持ちよさそうに汗をかく運動部員たちを見て、ぽそりと呟いた。




 放課後、今日は保健室の当番の日だ。白衣に着替え、てきぱきと点検を終わらせると、先生の椅子に座り、怪我人が来るのを待つ。

 いつもだったら、あまり人が来ない放課後の保健室だが、最近は何人かの運動部員たちが来る。部活は様々で、バトミントン部やら、バレー部などなど、大会に向けての練習に一層熱が入り、怪我する人も増えてきた。そんな時期。

 すると、ガラガラと扉が開いた。聞くと、捻挫をしたバスケ部員のようで、それくらいならマネージャーが手当てすればいいのにと思いつつ、氷で冷やすよう指示する。マネージャーには戻るよう伝え、保健室には二人きりとなった。


「痛みはある? 」

「いや、大丈夫。行ける」


 無理をしてまで大会に出たいのだろうか、バスケ部員は立ち上がろうとする。


「ちょ、待って! 」


 慌てて止めたが、少し遅かったようで、立ち上がっただけで辛そうな顔のバスケ部員。とりあえず座らせてから私は言った。


「馬鹿じゃないの! どんだけ大事な大会かは知らないけど、体壊したら選手生命にも関わるんだよ!? 」


 あ、しまった。見ず知らずの人に怒鳴っちゃった。ぽかんと口を開けるバスケ部員。


「…ふはっ」


 すると、笑い始めた。


「え、何」

「いや、変わらないなって思ってさ」

「?」

「覚えてない? 高月楓たかつきかえでだよ。……ほら、思い出してよ。あおばちゃん」


 あおばちゃん……? あ!


「楓! 」


 思い出した。私の幼馴染じゃないか。よく見ると、うん、思い出してきた。明るい茶髪が特徴で、無邪気に笑う男の子。


「思い出した? 」

「うん、久しぶりだね」

「久しぶり。てか、気づかなかったの? 入学式とかの時」

「うん、あんまり周りみてなかったし」

「ははっ、あおばちゃんらしいや」

「そんなに変わってない? 」

「うん、変わってないよ。綺麗な長い黒髪も、マイペースなとこも、変わってない」


 そうやって私の髪を一束掬い、キスをする。


「え……」


 どうした、急に。


「俺さぁ、小さい時からあおばちゃんの事ずっと好きなんだよ? 」

「え? 」

「なのにあおばちゃんはそもそも、俺の存在に気づいてくれないし、困っちゃうよね」

「そう、だったん、だ」

「うん、だからさ、怪我のおかげで会えたってのは皮肉だけど、アプローチしてこうかなって思って」

「……」

「さっきのは予告だよ、あおばちゃん。俺本気で好きにさせるよ」

「……怪我人がそういうこと言うんじゃないの。ちゃんと捻挫治してからにしなさいよ……」


 じろりと睨みつける。柔らかい笑を浮かべる楓。


「わかったよ、青葉」


 うっ、急のそれは狡くない?

 さすがの私も動揺する。


「覚悟しててね? 」


 こうして幼馴染と再会して、彼に迫られる日々がスタートした。

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