中編
不覚にも少しときめいてしまったではないか。露はそう思った。
ベットに寝転がり、枕に向かって自分への呆れを含んだ息を吐く。
「あーあ。あんなに避けたかったのになぁ」
平々凡々な私と眩しいくらいのイケメソのいちにぃじゃ釣り合わないのだ。小学校から分かっていたでは無いか。
それでも話すと楽しいし、面白い。できるならもっと話したかった。付き合いだって長いのだ、相手についてよく知っているし、信頼している。おまけに優しい。
だから、好き。だから、離れた方が安全。
もう一度深いため息をつき、顔を埋める露。
「ほんっと、いちにぃはかっこよすぎるんだって。」
今日の壱弥は、昔から露が好きな、昔のままの壱弥だった。
「そうだ」
突然ベットから起き出し、ハンガーにかけた制服のジャケットのポケットから紙切れを取り出す。図書室の本から見つけたあの紙切れだ。
「これ、どーゆー意味」
あの本は洋書で英語で書いてあるものだった。なのに、この紙切れは日本語。
「あの本に書いてあったやつを誰かが日本語に訳したのかな」
そう考えるのが妥当であった。英語が得意な人が訳したに違いない。
「にしても、この日本語は意味がわからない。本意が書いてないし、何を伝えたいの? 」
ある有名人の名言だろうか、それか迷言。夜も老ける頃に、露は英語が得意の和に聞いてみよう、そう思って、眠りについた。
翌日、今日は壱弥には会わずに登校できた露は、和を見つける。
「おはよ、和」
「おはよー、露」
和はスマホをいじっていた手を止め、露を見る。
「で、どうだったのさ、つゆちゃん? 」
ニヤニヤしながら和は言う。実は、昨日の出来事を露は和に洗いざらい話していた。言葉に詰まる露。
「そ、れはっ。……言いでしょ、言わんくて。それよりも、これよ」
露はポケットから紙切れを差し出す。
「何これ」
「昨日図書室で見つけたの」
ふぅん、と和はそれを受け取る。それを見つけた時の状況を露は説明しながら、その意味がわからないと露は言った。
「この意味? 私も知るわけないやん」
「そうだけど、言ったでしょ。それが挟まってた本が英語で書かれた本だったの。その本に何が書いてあるか知りたいのよ」
露は和の手にある紙切れを取る。
「ほーぅ、んじゃあ今日は図書室行ってみる?」
和の提案に露は乗る。
「そだね。当番だし、終わるまでその本を訳して欲しい」
「……ただ働きはしないよ、私。ジュースでも欲しいなぁ……」
わかったわかった!と露は少し笑いながら言った。
その日の放課後。再びの図書室は相変わらず埃臭い。でも昨日よりもなんだか親近感が、ある、気がする。
「そんで、その本はどこなの? 」
「えっとね」
本の場所まで案内して、手渡す。和は読書用の椅子に腰かけ、露はカウンターの椅子に座る。
図書委員の仕事は少なく、特にこれといって大変な仕事もない。
普段本を読まない露だが、この時ばかりは暇で、そこらにあった本を取った。これは日本語でたすかった、そう露は思う。それは詩集のようで、恋愛についてのものがたくさん収録されていた。ふぅん、そう思いながら短い文章を読み、ぺらぺらとめくっていく。すると、見覚えのある文章が目に飛び込んできた。
「君を夏の日に例えようか。いや、君の方がずっと美しく、おだやかだ」
って、これやん!
露は驚き、読み進める。が、何もよく分からなかった。とりあえず作者がこのモデルの美しさを褒め称えていた。
期待から疑問へと逆戻りするあの紙切れ。
うーん、と唸っていると、当番の終了時刻になり、席を立つ露。読書席の和はじっと本を見つめている。ぽんぽんと肩を叩き、時計を指さす露。
「あ、時間か」
「うん、とりあえず、帰ろ」
本を閉じ、和は席を立つ。本を戻すのかと思いきや、そのまま持ってカウンターに行き、貸出カードに名前と題名、日付を書いて、持ち出してきた。
「借りるの? それ」
「うん。素敵な文章だし、もうちょっとで読終えるから」
そっか、露はそう言って、立て付けの悪いドアを音を立てながら開けた。
二人は近くの飲食店に寄り、席に座る。ソフトドリンクだけを頼み、露はオレンジジュースを、和はコーラを入れたコップを前に置く。
「で、あれ何書いてあったの?」
「シェイクスピアって知ってるでしょ?あの人の恋愛に対する詩集。」
「恋愛の詩集?」
「そー。綺麗な文章だったよ。」
それは私が読んでたものと一緒かもしれない、そう露は考えた。カラカラとコップの氷をストローで鳴らす。
「で、あの紙切れの部分はあった?」
「うん。」
そか、と短く答える露。
「これは私の憶測ね。多分あのメモ書いた人は誰かに告白するつもりだったんじゃない?」
「告白?」
「そう。あの本、ソネット第18番っていうっぽいんだけど、あの紙切れは美青年に対して主人公が謳った文章の訳だよ。」
女の人に対してじゃないんだね、と露は言う。
「ね、作者シェイクスピアなのにね。んで、だからあの紙切れを書いたのは女の人と考えるよ、私は。」
「なるほど。」
コップが空っぽになった所で、スマホを取りだし、時間を確認する和。
「てやば、今日塾だった!」
「あそーなの、」
「ごめんっ、露。また明日!」
一人で取り残された露はまたあの紙切れを取り出す。オレンジジュースがなくなったコップの氷は溶けかかっていた。
じっと見つめ、この文章の続きを思い出す。…告白、ね。
「勇気あるなぁ、この人。」
本に忍ばせ、婉曲的なやり方の告白。勇気も知識も必要なやり方。
「私も…、」
いちにぃが好きなのに、ずっと、私はこのまま、思い続けるだけ。好きなのに、避け続けている。これでいいのかな…?
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