好きになったのは幼なじみ。

野坏三夜

雪見露の場合

前編

「いってきまーす」


 つゆはそう言って家を出る。快晴で、雲ひとつないカラッとした天気。

 今日も頑張って学校行こう。

 そう思って一歩を踏み出すと、隣の家のドアの上のベルが鳴る。誰かが出てきたようだった。げ、と顔を顰め、そそくさにその場を立ち去ろうとする露。

 欠伸をしながら出てきたその人物は、ゆうに180以上あるだろう背をうーん、と伸ばす。少しウェーブがかった茶髪は朝日に照らされ、もっと明るく見え、口元のほくろは彼の色気を強調させている。少し垂れている目も印象的な人物だった。このイケメソは露があまり会いたくない人だった。


「あれ、露? 」


 びくっと肩を震わす露。露がいたことに気づいた彼はたたっと彼女に駆け寄る。


「偶然! 今家出たとこ? 俺と一緒に行こーよ」


 彼の名は塚本壱弥つかもといちや。露の一つ上の幼なじみであった。


「いちにぃ……」


 壱弥に嫌そうな視線を向ける露。どうしたの?行こーよ、とぐいぐい来る壱弥に露はキッパリ言った。


「一人で言ってください。


 それも他人向けの笑顔で。




 朝の挨拶が飛び交う中、露はため息を着く。そんな彼女に声掛けする人がいた。


「おはよー、露」


 声をかけてきたのは圓堂和えんどうのどか。露の友達である。


「和、おはよ」


 今日も今日とて元気そうな和とは違い、少し落ち込み気味の露。


「どったの? 」

「え、うーん。……ほら、あの人だよ」

「あの人?……あ、わかった。塚本先輩? 」

「そそ。朝から会っちゃってさ」

「あね、理解」


 渋い顔をする露を和は理解したらしい。平凡な露にとって、壱弥はイケメソすぎるのだ。幼なじみで仲が良いことが知れれば、平穏な生活に終止符を打つかもしれない、そんな不安から露は壱弥を避けていた。

 やっぱり持つものは友だな、と露はしみじみ感じた。




 この日は年度始め。二年生になって、露は初の図書委員になった。じゃんけんに負けて、希望の体育委員になれなかったのだ。その日の放課後に集合をかけられ、露は図書室のドアをがらがらと開ける。嫌々ながらもなってしまったのは仕方ない。露は真面目であった。

 初めて来た図書室は少し埃臭かった。右を向くと、本棚が列を為しており、たくさんの本が集められたことが伺える。まだ他の委員は来ていないようで、色々な本の背を見て回った。初めに見たのは、深い青地に銀色の文字が印象的なもの。色の対比がとても綺麗だと思った。見た目に惹かれて、本を開いてみる。どうやらそれは洋書のようで英語ばかり書いてある本だった。うへぇ、と露は思い、ぱたりと本を閉じる。すると、そこから少しの紙切れが出てきた。拾うと、そこには

「君を夏の日に例えようか。いや、君の方がずっと美しく、おだやかだ」

 と書いてあった。なんだこれは、意味がわからん。一応国語が得意な日本人の私でもよく分からない。一人で首を傾げていると、ぬっと露を覗き込むようにして現れた人物がいた。


「なーにやってんの、露」

「げげっ、いちっ、……塚本先輩」


 一瞬取り乱す露、だが、直ぐに平静を装う。こほんと咳払いをして、紙切れを制服のポケットに入れる。そして、本を戻す。


「こんなところにどういった用です? 」

「んー、いや。図書委員になったから集まりに来た」

「え、図書委員になったの!? 」


 驚きのあまり、声を荒らげる露。はっとする露に、「静かにね」と注意する壱弥。


「…ごめん」


 ふっと笑う壱弥。


「露も図書委員になったの? 」


 こくりと頷く露。


「偶然だね」


 嬉しそうな壱弥に対し、こんな偶然いらなかった、露はそう思った。


 その後は集まりに参加し、すぐさま帰ろうと思ったら、笑顔の壱弥に帰りを誘われ、露も断れず、壱弥は一緒に帰ることになった。

 無言の二人。


「なんで、二人で帰ろうなんて言ったの。いちにぃ」


 ぶすくれる露に、壱弥はどこかあさっての方向を向きながら答える。


「家近いし、それに最近話してなかったから」


 にっといたずらっぽい笑顔を向ける壱弥。少しだけ、気が緩まる露。きっと学校外だったからだろう。

 二人は昔みたいに仲良く話し始めた。あんまり家から学校までは遠くなく、そう長い間を歩くわけじゃない。それでも、二人は色んな話をした。勉強のこと、趣味のこと、クラスメートのこと、エトセトラ。いつしか、家の前に着く。それが、少しの寂しさを露に植え付ける。あんなに避けたがっているのに、だ。 俯く露に対し、わしゃわしゃと露の自慢の黒髪を暴れさせる壱弥。


「ちょ、ちょっと! 」

「また話そうな。昔みたいに」


 壱弥は夕焼けをバックに右手を振っていた。きっと、露に向けて。

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