最強魔法使い、誘われる。
「信じられん。上級魔法を使わずにスタンピードの主を倒すなんて」
ギルドマスターが呆然とした様子でつぶやく。
まだ信じられないらしい。
俺たちが目を覚ますとすでにスタンピードの主の解体が進んでいた。
スタンピードの主は最深層のモンスターだ。
その素材はかなり高価だし、ドラゴン系のモンスターなら体のすべての部分が何かしらの用途で使える。
だから、みんなで協力して解体作業をしていた。
普通ならスタンピードで得た素材は魔導士団のものになるのだが、今回は魔導士団がちゃんと参戦しなかったので、探索者で分けることになるだろう。
そのため、みんな嬉々として解体作業にいそしんでいる。
人数が多いので、解体作業はスムーズに進んだ。
もう、解体はほとんど終わっており、今しがた魔石が取り出された。
魔石を見て、ギルドマスターも討伐に成功したという実感がわいたのだろう。
スタンピードの主の魔石は俺が今まで見た中で一番大きなものだった。
「ふつうには無理ですよ。今回は前支部長の与えてくれていたダメージがあったからです」
実際、羽の古傷がなければ中級魔法ではダメージらしいダメージも与えられなかったと思う。
そうなれば、みんなスタンピードの主に倒されていただろう。
「それにしてもすごいぞ。ジンだったな。これは快挙だよ! もしかしたら、領主様から何か褒美がもらえるかもしれないぞ」
「そうなると嬉しいですね」
ギルドマスターが興奮気味に言う。
平民の俺たちが貴族、それもダンジョンのある街を収めるような領主から褒美をもらえることはまずない。
褒美をもらったというだけで箔が付くくらいだ。
そういった高位の貴族はメンツがある。
褒美を与えるのであれば出した成果と同等かそれ以上のかなり奮発したものを与える必要があるのだ。
今回の功績から考えると、中級魔法の魔導書とか、深層で見つかる装備とか貴重なものが褒美としてもらえるかもしれない。
「いやー。皆のものご苦労だったな」
そのとき、ダンジョンの入り口に不快な声が響く。
声の方を見ると、支部長が取り巻きを連れて立っている。
ここは関係者以外立ち入り禁止にしていたはずだが、どうやら、魔導士団用の入り口から勝手に入ってきたようだ。
支部長はいやらしい顔で俺たちが倒したモンスターの魔石を見上げる。
「これで私の立場もさらに上がるというものだ」
「あんた何言ってんだ?」
「今回の功績は私がもらうといっているんだよ。私の支部でのスタンピードの主討伐だからな」
「なぁ!?」
支部長がいきなりおかしなことを言ったため、探索者たちが殺気立つ。
すると、支部長の取り巻きは杖を構えて支部長の前に立ちはだかった。
あちらは完全な状態でこっちは一日中スタンピードと戦って消耗した状態だ。
正直かなり分が悪い。
探索者たちは悔しそうにする。
「お前は何もしてねぇじゃねぇか!」「そうだ! 今さっき勝手に入ってきただけだろ!」
「誰がそれを信じるというのだ? 上級魔法を使える私抜きでスタンピードの主を倒した? バカも休み休み言え」
探索者たちのセリフを聞いて、得意げに支部長は笑う。
たしかに、上級魔法を使わずにスタンピードの主を倒したといっても信じてもらえないだろう。
それに、支部長が逃げ出したということは魔導士団も隠したいはずだ。
支部長の実家の力を使えば事実を隠すことくらいはできるだろう。
探索者ギルドより魔導士団の方が上である以上、事実が捻じ曲げられる可能性は十分にある。
ギルドマスターは悔しそうに歯噛みした。
勝利を確信した支部長は愉快そうに笑う。
「はっはっは。権力を持たないものがいくら吠えようと、無駄なんだよ」
「それはどうだろうな」
「誰だ!」
声のしたほうを見ると、初老の男性が立っていた。
あの男性はさっきから解体作業を見ていた気がする。
誰かの家族だろうか。
「おやおや。支部長。領主である私の顔を忘れたのかい?」
「りょ、領主様!」
支部長がひざまずき、その様子を見て周りのものも作業を止めてひざまずく。
「あぁ。作業の邪魔をするつもりはないんだ。そこの支部長、いや、昨日まで支部長をしていたクズ以外は普通にしてくれていいよ」
「は? 今なんと?」
支部長は呆けたような顔をする。
「当然だろ? 職務を放り出して逃げたのだ。そのことは中央にもすでに連絡済みだ。君の家も守ってくれないよ」
「な!?」
支部長は顔を上げる。
すると、騎士風の男性が支部長とその取り巻きを取り押さえる。
あの人たちどこから現れたんだろうか?
やっぱり領主様の私兵はすごいな。
「逃げることは許さないよ。君は王都に連行する。そこで裁判をして、おそらく打ち首だろうね」
「ひぃ」
「連れていけ」
「はっ!」
「いやだ。いやだぁぁぁ!」
騎士に連れられて支部長は連行されて行った。
「さて、作業を続けてくれといっても無理だろうね。じゃあ、用事だけ済ませてさっさとお暇しようかな」
「用事、ですか?」
「うん。ジン君はいるかい?」
俺は呼ばれたので領主様の前に行く。
そして、貴族に対する最敬礼を取った。
「お呼びでしょうか?」
「うん。いろいろな人から聞いたよ。君は今回の戦闘で多大な功績を残したらしいね」
「滅相もございません」
俺は内心小躍りした。
これならば、何かの褒美はもらえそうだ。
「それでね。実力もありそうだし。君を騎士爵に推薦しようと思うんだ」
「えぇ!」
騎士爵は一代限りの貴族だ。
平民。それも孤児出身の俺としてはこれ以上ない出世だ。
一瞬訳が分からず、思考が停止する。
受けますッてどういえばいいんだっけ?
「あぁ。所属は王都じゃなくてうちの領都にある騎士団になっちゃうんだけど。どうかな?」
「え?」
この話を受ければ領主様のいる街に行く必要がある。
つまり、この街を離れる必要があるということだ。
当然、探索者も続けられない。
俺の視界の端にニコルの背中が映る。
「……俺は」
俺は今の気持ちを領主様に伝えた。
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