最強魔法使い、スタンピードと戦う③

「く。どうしてあの支部長は出てこないんだ」


 副支部長は独り言を呟きながら支部長室へ急ぐ。


 朝から魔導師団は騒がしい。

 近くのダンジョンでスタンピードが発生したのだ。


 魔導師団はスタンピードが発生するとやらなければいけないことがたくさんある。

 住民の避難指示や物資の徴収などがそれに含まれる。


 指揮系統の整理のため、領主様がいない街ではスタンピードが発生した場合は街の全てが一時的に魔道師団の配下に入る。

 商人や町人、探索者まで全てに指示を出さないといけないのだ。

 スタンピード発生時はかなり忙しくなる。


 スタンピード発生時に備えて人員を用意しているので、普段が暇なだけではあるが。


 管理で忙しい状況ではあるが、魔導師団の一番の仕事はスタンピードの鎮圧だ。

 最低限の人員を残してダンジョンに向かえばいい。

 それ以外は魔道師団にとって雑事も同然なのだから。

 それぞれちゃんと責任者はいるので、「任せる」と一言言うだけでも大丈夫なくらいだ。


 だから、普通はスタンピード発生が知らされるとすぐに部隊をまとめてダンジョンへ向かう。


 しかし、この街の魔導師団はまだ動けていない。


 支部長が出てこないからだ。


 時期が悪かった。

 今支部長は異動がかかっている状況だ。

 正式に異動するまではスタンピードに対応する義務はある。

 だが、本来すぐに動く必要はない。


 すぐに動いた方が街のものに感謝されるからすぐに動くというだけだ。

 実際、準備が必要だったり、すぐに動けない場合、遅れて出動する場合もなくはない。


 だが、今の支部長は準備なんかは必要ないはずだ。

 雑事はこちらで全てやっているのだからな。

 もうすぐ異動する支部長にとってこの街の町民の感謝など関係ない。

 おそらく、嫌がらせのために出動を遅らせているのだろう。


 ここで評価を落とせば次の街でなんと言われるかわからない。

 そういうことにもちゃんと頭が回る支部長であれば良かったのだが。


「支部長、スタンピードが発生しました!」


 私は支部長を引きずり出すために支部長室にやってきた。

 急いでいたため、ノックすらしていない。

 支部長の機嫌は悪くなるかもしれないが、今更だろう。


 しかし、支部長室には誰もいない。


「支部長?」


 支部長がいない。

 そんなことがあるだろうか?


 副支部長はそう思い、部屋を捜索する。


 副支部長が机の上を見ると、机の上には一枚の手紙が置かれていた。


『副支部長へ 私は用事ができたので今日少しこの街を離れる。三日後には帰ってくるので、それまでは君が支部長代理だ。よろしく頼む』


 わざわざ昨日の日付で印が押されている。

 昨日この街を出たということにしておきたいのだろう。


 だがそんなのは嘘だ。

 ついさっきまで今までの不正をもみ消すために動き回っていたのを他ならぬ副支部長が見ていた。

 他の団員も目撃することだろう。


 それに、この手紙は生暖かくてほんのり湿っている。


 おそらく、かなり焦って準備をして飛び出していったんだろう。


 つまり、逃げたということだ。


「あのクソやろう」


 副支部長は机の上に手紙を叩きつけて吠える。

 あんなのでも支部長で上級魔法が使えるから今まで敬ってきたというのに!


 だが、いくら支部長の悪口を言っても状況は良くならない。


「……どうすればいいんだ」


 副支部長は頭を抱える。


 スタンピードの主に対抗するには上級魔法を使える魔法使いが必須だ。


 スタンピードの主は深層のさらに向こうからやってくる。

 力はかなり弱くなっているが、その硬い体に傷を与えられるのは上級魔法だけだ。

 中級魔法では弾かれてしまう。


 それにも関わらず、この街で唯一上級魔法を使えた支部長は逃げ出してしまった。

 上級魔法を使える冒険者が運良くこの街にいるなんてことはないだろう。


「と、とりあえず領主様に連絡しないと」


 副支部長は部屋を出る。


 今の状況をすぐに領主に伝える必要がある。

 一刻も早く応援を出してもらわないと取り返しのつかないことになる。

今ならまだこの街が潰れる程度で済むかもしれないが、放置すれば最悪ここら一帯が人が住めなくなってしまう。


 スタンピードの主がこちら側に住み着けばそこにダンジョンが広がり、スタンピードの主は本来の力を取り戻す。

 そして、そのダンジョンは際限なく広がっていき、それを止めるにはこちらに居ついてしまったスタンピードの主を倒さなければいけない。


 たとえ、スタンピードの主を倒しても広がったダンジョンはすぐには元に戻らない。

 数年から数十年は人が住めないくらい危険な状況が続くのだ。


 そうなる前になんとしても止める必要がある。


「おいお前!」

「はい。何でしょう」


 副支部長は近くを通りかかった団員に声をかける。

 確か、支部長には気に入られていなかったが、真面目で優秀な団員だったはずだ。


 この団員も色々な作業に忙殺されているようだが、いま一番の優先事項は支部長の失踪を領主様に伝えることだ。


「支部長が今不在だ。私は領主様にことの次第を伝えてくる。探索者ギルドのギルドマスターにこのことを伝えてきてくれ」

「は?」


 団員はフリーズし、持っている荷物をバラバラと落とす。

 副支部長は支部長の机の上にあった手紙を見せる。


 団員はその手紙を持ってワナワナと震える。


 今にも破り捨てたい気分なんだろう。

 気持ちはわかる。


「今朝までいたじゃないですか」

「そうだな」

「……逃げたんですか?」

「……それ以上は言うな。今は意味がない。私は門に行って門衛に領主様への伝言を頼んでくる」


 団員は悔しそうに顔を伏せた後、敬礼をして全力で走り去っていった。

 だができることをやるしかない。


 私はローブをなびかせて全力で走り出した。

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