閑話 そのころ国立魔導士団では②

「団長。各部署から苦情が上がってきています」

「クソ。無能どもが。自分のことは自分でやれ!」


 副支部長は今日も支部長に団員から上がってきた苦情を報告しに来ていた。

 一週間前、ジンが魔導士団を去ってからこまごまとした問題が上がってきている。

 ほとんどの雑用はジン一人でやっていたためだ。


 ジンが入団する前は業者を頼んでやっていた。

 だが、その業者もここ一年でほとんどを解雇していたのだ。


 その解雇を行ったのは支部長だった。

 だが、この部分に関しては支部長が悪いとも言い切れない。

 団員が雑用でやっていること以上のことをできない業者なんて無能だと思うのが普通だ。


 結果的に雑用はジンが一人でやっており、そのジンを支部長が解雇してしまった。

 それによって雑用がすべて止まってしまい、問題が発生してしまったのだ。


 雑用自体は魔力量的に団員もできなくはない。

 だが、雑用には最下級魔法の生活系の魔法を使う必要がある。

 そのような魔法は貴族出身の団員の中に覚えているものは少なかった。


 覚えていなければ覚えればいい。

 魔導書自体は安いので、団員たちに手が届かないほどのものではない。

 だが、いくら安い魔導書とはいえ、物がなければ意味がない。

 魔導書はダンジョンで見つけるしかないので常に手に入るわけではないのだ。


 結果的に覚えている少数の団員では作業が終わらなかった。


「団員の何人かも気づき始めています。ジンを解雇したことによって今の事態が発生していると」

「むむむ」


 副支部長の言う通り、何人かはすでに支部長の失策に気づいている。

 直訴してきたのはレオナルドというジンと同室だった団員だけだが、支部長を見る目が明らかに変わった団員が片手で数えきれないくらいいる。

 おそらくあの者たちも支部長が悪いと思っているのだろう。


 だが、どれだけ多くの団員が望んだとしても、副支部長がそれだ正しいと思っても、支部長の決定は支部長の許可なくひっくり返すことができない。

 魔導士団にとって支部長とはそれだけ特別な存在なのだ。


 魔導士団の最大の存在理由であるスタンピードの主を倒すことに支部長は必要不可欠だ。

 スタンピードの主に有効な攻撃をできるのは上級魔法を使える支部長だけなのだから。


「ジンを団に戻してはいかがでしょうか?」

「しかし、それでは私の威厳が下がってしまう」

「……」


 支部長が失敗をしたと知れば団員の支部長に対する尊敬が下がってしまう。

 支部長はそんな風に考えていた。


 副支部長はもう下がっているから今更だと思ったが、そんなことは口にしない。

 今この支部長にへそを曲げられるとさらに被害が広がる恐れがある。


 一週間でこれなのだ。

 一か月も続けばどうなってしまうことか。


 副支部長は何か良策はないか必死で考える。

 副支部長はここ数年で今が一番頭を使っている気がしていた。


「……そうだ。支部長からジンに許しを与えてはいかがでしょうか?」

「どういうことだ?」

「ジンは中級魔法が使えないにもかかわらず、居丈高な態度が目立ちました。そんなジンに団長は自分にできないことをできる人間を尊敬する気持ちを思い出させるために試練をお与えになったのですよね?」

「そ、そうだ」


 副支部長が考えたなんだかよさげな追放理由に支部長は全力で乗っかってくる。

 どういう方向にもっていくのかはわかっていないようだが、支部長もジンがいなくなってまずいとは思っていたのだろう。


「ジンはダンジョンで魔導書を探しているとの報告が上がってきています。もう一週間魔導書を探し続けてジンも中級魔法のありがたさを理解したでしょう。ですので、もう許してやってはいかがでしょうか?」

「そうだな。それがいい。いや、私もそうするつもりだったのだ。そのように手配してくれ」

「承知しました」


 副支部長は頭を下げて支部長室を後にした。

 これで何とかなるだろう。


 ジンには本当のことを教えても大丈夫だろう。

 ジンは頭のいい団員だった。


(私がこの支部を離れていなければ何とか出来たかもしれないのに)


 私はジンが首になったとき、王都の方に用事で出かけていた。

 おそらく支部長をそそのかした団員もそのことがわかってこのタイミングを狙ったのだろう。


 いらないことをした団員は辺境の一番きつい支部に飛ばす準備はもうできている。

 明日には異動の指示が来るから、大丈夫だろう。


 できれば支部長もどこかへとばしたいのだが、副支部長の権限ではそれはできない。


(本当に支部長がバカで助かった。一か月以内に魔導書を見つけるという条件が付いていなければ完全にやめさせられていたかもしれないからな)


 一か月の条件が付いていたおかげで、ジンはまだ完全には退団になっていない。

 今なら退団取り消しで済むが、完全に退団になっていたら再び団に入れるのは本当に大変だった。

 団をクビにされたのに雑用だけはやってほしいなんて都合のいいことは聞いてもらえないだろうしな。


 今、ジンにいなくなられては団が回らなくなる。

 少なくとも、業者との関係が回復するまでは団にいてもらわないといけない。


(クソ。支部長が無能なせいで、私にはほかにもいろいろと仕事があるのに。一週間くらい探索者ギルドから上がってきている報告書にも目を通せていない)


 支部長がするべき仕事を副支部長がかなりしている。

 支部長は日中団にいないことが多い。

 おそらく、街で何か悪さをしているのだろうが。


(何はともあれ、早くジンに戻ってきてもらわないとな。なんだったら、業者の説得もジンに手伝ってもらおうか。探索者としての評判は悪くないようだし)


 副支部長はジンのことをいろいろと調べていた。

 どうやら、ジンは探索者として街に受け入れられつつあるようだ。

 探索者の中からはジンのいい噂をいくつも聞いた。


 そのほとんどが防具をなおしてもらったとか、武器をなおしてもらったとかの団での雑用のようなことをしての評価だったが。


 だが、まだ魔導書を探し続けているとのうわさも聞いているので、団には戻るつもりなのだろう。

 今回のことを知らせれば戻ってくるだろう。


 団にいれば貴族に名を連ねられるかもしれないのだ。

 戻りたくて当然か。


 どうせ知らせるなら、ジンと一番親しかったレオナルドに行かせるのが一番確実性が高いな。

 彼は支部長の性格も知っているし、裏話をしても大丈夫だろうし。


「ほんと、中間管理職というのは大変だ」


 副支部長はレオナルドの部屋へと向かった。

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