最強魔法使い、相棒と仲良くなる。③

「ここがあなたの部屋よ」

「ありがとうございます」


 宿の施設などの案内を一通り受けた後、俺は部屋に案内された。

 部屋は二階の角部屋だ。


 おかみさんがカギを開けてくれたので、俺は部屋の扉を開ける。


「え?」

「え?」


 誰もいないはずの部屋の中から声が聞こえてくる。

 顔を上げると、そこにはニコルがいた。


 しかも、間の悪いことにニコルは着替え中だった。


「き……」

「き?」

「きゃぁぁぁぁぁ!」

「ご、ごめん!」


 俺は慌てて扉を閉める。

 扉を閉めても中からニコルの悲鳴が響いている。


 うるさくしていたせいだろう。

 周りの部屋からはお客さんが出てくる。


「あ。ごめんなさい。向かいの部屋だったわ」

「……」


 俺は恨めし気におかみさんを見るとおかみさんは悪びれもせず、ニコルの部屋の向かいの部屋の扉を開ける。

 俺が呆然とその様子を眺めていると、出てきた客は呆れたように部屋へ戻っていく。


 その様子は嫌に手慣れていた。

 まるでこんなことはよくあることのように。

 実際、よくあるのかもしれない。


 おかみさん、さてはわざとやったな。

 まさかこういうことがあるからこの宿安いとか?

 ……まさかそんなことないよな。


「お詫びに今日は二人ともタダにしておくわね。おほほほほ」

「あ」


 おかみさんはそう言いながら去っていく。

 あまりにも素早く逃げていくので声をかける隙もなかった。


「どうしよう」


 原因はどうあれ、ニコルには悪いことをしたと思う。

 謝る必要があるかもしれないが、何度ノックをしても出てきてくれる様子はない。

 仕方ないか。


 この後、部屋の前で待っていたが、ニコルが顔を出すことはなかった。

 俺はしばらくしてから、仕方なく向かいの自分の部屋へと戻った。


***


「あ」

「……」


 翌日、俺が宿の食堂で朝食をとっていると、向かいの席にニコルが座った。

 ニコルは食事に視線を落としたまま食べようとしていない。

 顔は真っ赤で昨日のことをまだ怒っているのかもしれない。


「昨日はほんとにごめん!」

「私の方こそごめんなさい。こういうことはありえるって他のお客さんに聞いてたのに対策し忘れてた」


 俺が全力で頭を下げるとニコルも頭を下げる。


 やはり、こういうことはたまにあるらしい。

 おかみさんは男女のパーティが来ると、二人を同じ部屋に泊めようと色々画策するのだそうだ。


 ちなみに、カップル成立確率は90%らしい。

 意外に高いな。


「ああいうところがなければいい宿なんだけど」

「はは」


 おかみさんは相手を見てやっているようなので、問題になることはないらしい。

 他のお客さんは対策として、入り口にカーテンのように自分の服をかけたり、カバンで出入口を塞いでしまったりするそうだ。


「だから、ジンは悪くないよ。こっちこそ、対策を忘れちゃってごめん」

「いや、俺ももっと気をつけるべきだったよ」


 俺が頭を下げて謝るとニコルも謝ってくる。

 そんなことをさっきから何度も繰り返している。


「……」

「……」


 少しの間、沈黙が流れる。

 そして、どちらともなく顔を上げる。


 そして、なんだかおかしくなってお互いに笑ってしまう。


「あはは。……この話は終わりにしない? 昨日のことはなかったことにしよう」

「そうだな」


 そういって朝食に口をつける。

 スープはさっきは熱すぎるように思えたが、ニコルと話している間に少し冷めてちょうどいい温度になっている。

 まさか、これも見越して朝食を用意したのか?


 俺は怖くなっておかみさんの方を見る。

 食堂の隅でおかみさんはニヤニヤした顔でこっちを見ている。


 ……これはこれからも少し気をつけないといけないかもしれない。

 何か仕掛けてきそうだ。


 ニコルもこの宿が気に入っているようで、昨日のこと程度では宿を移るつもりはないらしい。

 一番の被害者のニコルが移らないのに俺が宿を移るというのも、なんか負けた気がして嫌だ。


 なんか、そう考えることさえもおかみさんの術中にいる気がしてくる。


 ‥…考えるのはやめよう。

 命の危険はない。


「今日もダンジョンに潜るんだよね」

「ん? あー。そのつもりだ。宝箱を一つでも多く見つけたいからな」


 俺が現実逃避気味に朝食を食べる作業に集中していると、ニコルが話しかけてくる。


 魔導書は宝箱から出るらしい。

 宝箱はなかなか見つからないと聞くから、ひたすら探し続けるしかない。

 宝箱もハズレだったり、防具みたいなものが出る場合もあるから、百個宝箱を見つければ魔導書が一つ入っているかどうか位らしい。

 宝箱は一つのパーティが一週間に一つ見つけられればいいほうらしいので、自分で魔導書を見つけるのは正直絶望的だ。

 特別な加護を受けた人間は一日に十個も二十個も見つけるらしいが、孤児出身の俺はそうじゃない。


 でも、もしかしたら別の探索者が見つけるかもしれない。

 そうなれば少し多めにお金を出せば譲ってもらえるだろう。


 直接取引の方が利益は大きいからな。


 だから、もし他の誰かが魔導書を見つけた時のためにお金もためておきたい。

 そんなわけで、できるだけ多く宝箱を見つけたい。


「そうなんだ! 実は私、宝箱探すの得意なんだ。今までそれで生計を立ててたしね」

「へー。じゃあ、期待しておこうかな」


 ニコルが笑顔で言うのに俺は軽く答える。

 宝箱探しに得意も不得意もないだろうに。


 俺たちは朝食をとった後、ダンジョンに向かった。

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