最強魔法使い、ダンジョンをさまよう。⑤
「一撃で倒せちゃった」
「倒せちゃったな」
俺とニコルはクモの死体を前に呆然としていた。
身体強化を四回にかけた状態で動けたニコルも驚きだが、モンスターが倒せてしまったことも驚きだ。
『プチフィジカル』は初級魔法だから、浅層の魔物と対等に戦えるくらいの補正しかされない。
中層の魔物と戦おうと思ったら百回くらいかけなきゃいけないはずだ。
いや、武器の補正とかベースの戦闘力があるから、そこまでかけなくても戦えるか。
それでも十回くらいかけないとまともな戦闘にはならないんじゃないだろうか。
それを一撃って……。
ニコルが使ってるのは最浅層の武器だろうから、武器の補正もほとんど受けられないだろうし。
……いや、もしかして、見た目はボロボロのナイフだけど、実はいい武器なのかもしれない。
「その武器って、いい武器だったりするのか?」
「え? これ? これは解体用のナイフだよ。武器屋で一番安いのを買ったの。攻撃用の短剣とかは高くて……」
武器ですらなかったらしい。
……まあ、倒せるならどうでもいいか。
ニコルは身体強化魔法と相性が良かったとかそんな感じだろう。
魔法はよくわからないことが多いから考え出すとドツボにハマる。
「よくそんなので戦おうと思ったな。かなり危険だったんじゃないか?」
「う。ごめんなさい」
ニコルも自分が浅慮だったということはわかっているんだろう。
反省しているように顔を伏せる。
身体強化をすればパワーも上がる。
それでも、急所やモンスターの柔らかい部分に攻撃を当てないと武器じゃないナイフでダメージなんて与えられないだろう。
普段そういう風に戦ってるのかな。
いつもは浅層にいるって言ってたから、解体用のナイフで浅層のモンスターを倒してるってことだし。
……もしかして、ニコルはすごい奴だったのか?
「武器なしでモンスターを倒してるなんて、ニコルはすごいな。いつもは浅層のモンスターをそれで倒してるんだろ?」
俺が聞くと、ニコルはバツが悪そうに視線を逸らす。
「……いつもはモンスターから隠れて宝箱を探してるんだ」
「なるほど。盗掘屋か」
「……その呼び方はやめてほしいな」
「あ。悪い」
ダンジョンの中には宝箱が発生する。
どういう原理で発生するのかはわからないが、ある時突然に発生するらしい。
そして、その宝箱からはかなりいいアイテムが手に入るのだ。
当然売ればかなりの値段になる。
探索者の稼ぎの半分はこの宝箱からの稼ぎらしい。
月に一度見つかるかどうからしいのに、稼ぎの半分を占めるっていう時点でその凄さはわかるだろう。
宝箱は別に何かに守られているわけではない。
だから、モンスターを避けて宝箱だけを探すこともできる。
だが、モンスターを倒さずに宝箱だけを手に入れるものは嫌われている。
探索者は助け合いが重要だ。
モンスターを倒していれば、その分後から来た探索者が楽になる。
後から来た探索者は、宝箱みたいな報酬は手に入らないわけだが、それは仕方ない。
そんな中、後からきた探索者にモンスターを残して、宝箱だけ手に入れる探索者は嫌われて当然かもしれない。
別に禁止されているわけではないのだが。
やっていてもばれることもないしな。
そういうわけで、逃げ隠れをして宝箱だけを探す探索者は盗掘屋とか、ローバーとか言って侮蔑されている。
まだ宝箱も見つけてない俺には関係のないことだけど。
「「「SHAAAA!」」」
「うわ! また来た!」
俺たちが話をしていると、またモンスターが現れた。
今度は三匹同時に来た。
複数同時に来ることもあるんだな。
ここは広場になっているし、モンスターが集まりやすい場所なのかもしれない。
「あれは行けそうか?」
「うーん。複数は無理かな」
ニコルに確認すると、少し考えた後、申し訳なさそうに首を振る。
四重に身体強化をかけている状況で普通に動いてること自体がすごいことなんだけどな。
「わかった。『プチファイヤ』!」
三体同時だったので、今度は三百発生み出し、百発ずつ放つ。
ニコルを襲っていたやつが強かったのか、三匹のクモは百発ずつで倒せてしまった。
それにしても、さっきからかなりの数のモンスターと遭遇してるな。
集まりやすいところなのかな?
「ここはモンスターが集まってきそうだな。移動しようか」
「あ、まって。魔石だけとっちゃうから」
そういえば、大体はモンスターを倒せば魔石を採集するんだったか。
魔石の取り出し方を知らなかったから全然意識してなかった。
「ニコルは解体とかできるのか?」
「うん。昔はパーティを組んでたから。その時は荷物持ちと解体が私の役目だったんだ。中層のモンスターは倒したことないから、魔石以外の素材はわからないけど」
「へー」
盗掘屋なんてやってるから、ニコルは別の探索者から嫌われてるのかと思ったがそうでもないらしい。
俺とは大違いだな。
ニコルはテキパキとモンスターを解体していく。
その手さばきは手慣れたものだった。
「お待たせ」
「じゃあ、行こうか」
ニコルの手には五つの魔石が握られていた。
俺はそれを受け取って自分のカバンの中に入れる。
ニコルはカバンを持ってないみたいだし、俺が持っていたほうがいいだろ。
俺は階段の方へと歩き出す。
「あれ? ジン。どこに行くの?」
「え? 階段の方だぞ?」
「階段はあっちだよ」
ニコルはそういって俺が向かおうとしていた方向と反対方向を指さす。
おかしい。
さっき方向も教えてもらったはずなのに。
現在地がわかったところで俺には意味がなかったようだ。
間違いなく迷子になる。
「……悪いんだけど、先導してくれないか。モンスターが出てきたら俺が倒す」
「! わかった! 任せて! こっちだよ」
ニコルは意気揚々と通路を進んでいく。
これは一人では浅層を探索するのも大変そうだ。
かといって、国立魔導士団にいた以上、誰かパーティを組んでくれる人もいなさそうだし。
こういう状況になってしまうと朝に大勢の前で宣言してしまったのが悔やまれる。
(どうしたものかな)
俺は大きなため息を吐いた。
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