閑話 そのころ国立魔導士団では
「あれ? なぁ。昨日の武器整備当番って誰だっけ?」
「しらね。どうかしたのか?」
ジンがダンジョンに初挑戦しているころ、魔導士団の武器庫の入り口で一人の団員が声を上げていた。
もう一人の団員はなぜ同僚がいきなりそんなことを言い出したのかわからず、質問に質問を返した。
「これからダンジョンに行かないといけないのにローブも杖も整備されてないんだよ。昨日の整備当番がさぼったんじゃないか?」
「嘘だろ! 俺だって今から使うのに」
昨日は整備当番が整備をさぼったらしく、ローブも杖も回収箱に入れっぱなしだった。
昨日は外部の教官を呼んでの魔術格闘術の訓練があった。
退職した元団員の小遣い稼ぎ的なものなので、実際は大したことは教えてもらえない。
元団員の武勇伝を聞いておしまいになることが多い。
だが、昨日の教官は特にひどい人だった。
あの人はいつも団員をいじめて楽しんでいるのだ。
話す武勇伝がないのかもしれないが。
昨日も時間いっぱい完全装備で建物中を走り回らされた。
しかも、魔法による身体強化などをなしでだ。
魔術格闘術の訓練なのに、いったい何がしたいんだか。
そんなわけで、使いもしなかったのにローブや杖なんかは汗を吸ってしまった。
装備は団の共有資産なので、回収されて、洗濯、整備されたうえで再び使えるようにするのだ。
洗濯も整備も団員の仕事で、使えばその日のうちに担当者が行うことになっている。
「おい!」
「は、ハイなんですか? ハイコ先輩」
ハイコと呼ばれた団員はちょうど近くを通った後輩を呼び止める。
「昨日の整備当番は誰か調べてこい。整備がちゃんとされてない」
「え? 整備当番は次の日にダンジョンに潜る人だから、ハイコ先輩達ですよね?」
「「あ」」
そこでハイコはそのことを思い出す。
そういえば、当番はそんな風に決まっていたっけ。
「悪い悪い。忘れてたよ」
「仕方ないですよ。最近はジンが全部やってましたし」
「そうだったな」
最近は二年前に入ったジンという孤児出身の団員が進んで雑用をやってくれていた。
だが、そのジンは昨日支部長に辞めさせられたらしい。
孤児出身のジンは努力家で魔力量が多かった。
そのせいで高位貴族出身のわりに魔力量の少ない支部長に目の敵にされていたのだ。
昨日クビになったと聞いたときも、みんな、あの支部長はついにやりやがったかとしか思わなかった。
そういえば、あいつは敵を作らないようにみんなのやりたがらないことを率先してやってたな。
まさかこんなところで問題が出てくるとは。
仕方ないか。
肯定的に考えると、ふつうに戻っただけだ。
ここ以外の支部ではちゃんと団員が担当を決めて作業をしているのだから。
やったことのない一年目や二年目の奴は戸惑うかもしれないが、すぐになれるだろう。
それに、どこの支部も魔導士ギルドに外注することなので、担当者のやることは魔導士ギルドに連絡することくらいだ。
それくらいの手間であれば特に大変じゃない。
魔導士ギルドに払うお金は支部から出てるんだしな。
「ローブと杖はどうする? ダンジョンに行くのはさぼれないぞ」
同僚は嫌そうな顔でハイコに質問してくる。
今使える装備はない。
だが、ダンジョンは国から定められた国立魔導士団の仕事なので、サボるわけにもいかない。
かといって、武器も防具もなしにダンジョンに行くのは自殺行為だ。
このローブは普通の布製に見えて深層の宝箱で見つかったものなのでかなりの防御力を持っているのだ。
同僚もわかっているのだろう。
汗を吸ってにおいを発するこの回収箱に入った装備を使うしかないということは。
「どうするってこれを使うしかないだろ」
ハイコはこともなげにそういう。
装備は団員の数だけある。
昨日訓練に参加しなかったジンの分もまだ回収されていない。
ハイコは昨日ジンが使わなかった一着を先に確保していた。
だから、自分だけは整備済みのものを使うことができるのだ。
「はー。最悪だな。明日のダンジョン担当には今のうちに魔導士ギルドに連絡するように言っておいた方がいいな」
「そうだな」
ハイコはどうやってバレないように装備を身につけようか考えた。
自分だけ綺麗な装備を使っていることがバレればただでは済まないだろう。
「……ハイコ。お前あんまりいやそうじゃないな。何か隠してないか?」
「そ、そんなことないぞ? あ、今のうちに伝えたほうがいいだろ。俺が伝えてくるよ」
ハイコはそういって早足にその場を去った。
この日の整備担当が魔導士ギルドに連絡をしたのだが、魔導士ギルドからは契約によって支部長がいる支部からのすべての依頼は受けられないといわれるのだが、それを彼らが知るのは少し先の話だ。
ちなみに、ハイコは自分だけ綺麗な装備を使おうとしたのがバレて、回収箱の一番下にあった一番臭い装備を使わされた。
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