最強魔法使い、ダンジョンをさまよう。④

「とりあえず、いくつか魔法をかけておこうか。『プチフィジカル』」

「え?」


 俺は身体強化魔法を二重にニコルに施す。

 ニコルは驚いた顔で俺の方を見る。


「違和感はないか?」

「大丈夫、だけど、私は戦えないよ?」

「逃げるにも身体強化しておいた方がいいだろ?」


 身体強化はパワーだけじゃなくてスピードも上がる。

 逃げるにしてもかけておいた方がいい。


 それに、防御力も上がるから、攻撃された時なんかにも役立つかもしれないし。

 ニコルの装備ではすこし身体強化をかけたくらいでは無駄かもしれないけど。


「魔力は大丈夫なの?」

「問題ない。ニコルが違和感があるようだったら身体強化ははずすけど」


 ニコルはその場で軽く動く。

 うん。大丈夫そうだ。


「うーん。多分大丈夫」

「そうか。よかった」

「今の、身体強化魔法だよね。違和感が出るなんて聞いたことがないんだけど」

「俺の魔法は特別だからな」


 今回なんで感覚を聞いたかというと、俺は今回二重に身体強化をかけたからだ。


 二重に身体強化をかけると効果は倍以上になる。

 三重にかけると十倍近い効果が出たそうだ。

 だが、メリットだけではなく、体の違和感は重ね掛けするごとに増えていくらしい。

 二重にかけるだけでも戦闘は不可能になるとの報告がある。

 この辺は昔研究されたことがあるらしい。


 身体強化魔法はかけてから一定時間効果が継続する魔法なので、俺のように同時に複数の魔法が使えなくても重ね掛けすることが簡単にできるからな。


 それを聞いて、俺も色々やってみたことがある。

 そこでわかったことは色々とあった。


 どうやら、魔法は数発を同時に発動すると、単純に足し算した以上の効果が得られるらしい。

 これは身体強化以外にも『プチファイヤ』みたいな魔法も一緒だ。

 ただ、身体強化ほどの倍率では上がっていかない。

 理由はよくわからないけど。


 それはさておき、中級魔法を使えない俺はこれを知ってから並列起動を訓練するようになった。

 魔力はたくさん使うことになるが、中級魔法と同じだけの効果を得られるのだ。

 使わない手はない。


 魔法が強くなることは今はいい。

 身体強化の場合、何重にもかけると、実験でもわかっているように体は動かしにくくなっていく。


 俺はたまに身体強化を自分にかけることがあるからこの違和感には詳しい。

 二重程度であれば少し違和感があるくらいで済むが、三重以上でかけると包帯でぐるぐる巻きにされたようになって、俺ではまっすぐ歩くことすらできなくなる。


 だから、何重にもかけるのはさっきのザビンとの戦いのように攻撃を受ける瞬間とかの短い時間だけだ。

 短い時間なら体が動かしにくくなってもそこまで気にならないからな。

 他人にかけるのは無理だけど。


 今回、ニコルに二重に魔法をかけたのは戦力として期待していないからだ。

 まっすぐ歩いたり走ったりするくらいであれば二重にかけてもそこまで問題は起きない。


 目の前で動いているニコルは特に問題なさそうだし。


 それにしても動きがいいな。

 もしかして、身体能力が高いと強化されても適応しやすいとかなんだろうか?


「大丈夫。あ、ちょっと待って」

「?」


 ニコルはその場にしゃがむ。


「どうかしたのか?」

「さっきので靴ひもがほどけちゃったみたいで。お待たせ」

「え!?」

「? どうかしたの?」


 俺は驚きの声を上げる。

 ニコルは理解していないようで、首をかしげていた。


 ニコルは二重に身体強化した状態で靴ひもを結んだ。

 ふつうは二重に身体強化をした状態では細かい作業はできないのだ。

 俺の場合、字を書こうとすればペンを折るし、靴紐なんかを結ぼうとすれば必ず紐が切れる。

 それを、ニコルは簡単にやってしまった。


「ニコル。その状態で戦闘はできそうか?」

「えぇ? できると思うけど、中層のモンスターの相手はできないと思うよ」

「じゃあ、もうちょっと強くしてみようか。『プチフィジカル』」


 俺は少し興味がわいたのでもう一回魔法をかけてみる。

 また二重に魔法をかけた。

 これで四重に魔法をかけたことになる。


「わぁ! すごい! すっごく速く動ける!」


 ニコルは素早く動き回る。


 うわ、反復横跳びのような動きをしだした。

 なんか、残像が見えるんだけど。


「からだが羽根みたい!」


 ニコルはそう言って、壁や天井を駆け回り始めた。


 すごい。

 人間にそんなことができるんだな。

 壁を走れるのなんてヤモリとかの爬虫類だけだと思ってた。


「SHAAAA!」

「あ。さっきのクモ」


 俺たちが遊んでいると、通路からさっき倒したのと同じようなクモが現れた。

 そうだな。クモも壁を走れるよな。


 とりあえず、さっきと同じように倒すか。


「任せて!」

「え? おい!」


 俺が魔法を放とうとすると、ニコルはクモに向かって駆けていく。

 止める暇もなかった。


 この配置では魔法がニコルにも当たってしまう。


「はぁ!」


 ニコルが短剣を振るう。

 そして、クモの首が落ちた。


「まじかよ」


 ニコルはあっけなく中層のモンスターを倒してしまった。

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