最強魔法使い、ダンジョンをさまよう。③
「助けていただき、ありがとうございます!」
「大したことはしてないよ」
少女は俺の方に走ってきて深々と頭を下げる。
ところどころ肌が露出した動きやすさに重点を置いた服装に、短剣が一本。
おそらく、彼女はシーフ系の職業だと思う。
しかも、見るからにボロボロであまり質のいい装備じゃない。
おかげでかなりの露出度になっている。
髪も手入れなどをしていないのか、目が隠れそうなほど前髪が伸びているし。
ダンジョン外なら浮浪者と間違えられるかもしれない。
俺はそこまで詳しくないが、この装備だと最浅層に潜るのがギリギリじゃないか?
浅層にいるなんて自殺行為だと思う。
「助かりました。中層のモンスターは強いですね。手も足も出ませんでした」
「え?」
いま彼女は中層といわなかったか?
いや、そんなはずない。
俺は転移陣なんかは見つけた覚えがない。
見つけたとしても絶対に触れないつもりだった。
ただでさえ迷ってるんだから。
「あなたにとっては雑魚かもしれませんけど、普段浅層で活動してる私にとっては命の危険を感じるくらいの強敵だったんです」
「いや、そうじゃなくて、ここって浅層じゃないのか?」
「え? そんなはずないですよ? 私は浅層で探索していてトラップにかかってしまったのでここは中層のはずです」
おかしいぞ?
俺は浅層を探索していたはずだ。
そういえば、階層を移動してしまう転移トラップがあると聞いたことはある。
……いや、俺はそんなものにもかかった覚えはない。
それに、彼女の言っていることもおかしい。
階層を転移するトラップは深層より先にあるものだったはずだが。
もしかして、俺をだまそうとしているのか?
俺が不審に思い彼女を見る。
だが、彼女は真剣に腕を組んで悩んでいるだけで、俺のことをだまそうとしている様子は見られない。
「うーん。おかしいですね。浅層から中層に移動するには私みたいに落とし穴に落ちるか、階段を下りる以外の方法はないはずなんですけど?」
「え? 階段?」
階段を。
下りる?
俺は先ほど通過した明らかに人工物っぽく見える階段を思い出した。
「下りたんですね」
彼女はあきれたような視線で俺を見てくる。
「いや、おかしいだろ! 階層間の移動は転移陣で移動するんじゃなかったのか?」
「普通のダンジョンはそうみたいですね。このダンジョンは特別らしいです。昔、いろいろあって階層間が近くなってしまってるそうですよ? 詳しい話は知りませんが。深層から最深層への移動以外はすべて階段になってるって聞いたことがあります。階層間を移動してしまう落とし穴のトラップも、浅層からあるので気を付けるようにって言われました。ほら、あれが私の落ちてきた穴です」
少女の指さす先を見ると、天井にぽっかりと大穴が開いていた。
だんだんと小さくなっていて、もう通ることはできなさそうだ。
「嘘だろ?」
どおりで途中から『プチファイヤー』一発で敵が倒せないはずだ。
中層の魔物と戦うには中級魔法が必要になる。
そういわれてみれば、階段を下りた時から敵が強くなった様な気がする。
一発で倒せてたのがいきなり百発必要になったんだから気づけよ! 俺!
魔法の並列起動は魔導士団の中級魔法対策に作ったものだ。
だから、中級魔法と同じ威力が出る百発同時が癖になってたから気づかなかった。
同時発動だと下級魔法百発で中級魔法と同じ威力が出るのだ。
なぜかは知らないけど、レオナルドと一緒に実験したからたぶん間違いない。
意識して減らさないと百発で発動になるからそのまま百発モンスターにぶつけちゃってたんだよな。
解体できないから黒焦げにしても問題ないし、魔力的にも負担にならないから。
「あー。このダンジョンが特殊だって聞いたことがあります! 物理的に繋がってるところは他にはほとんどないとか! だから、知らなくても仕方ないですよ!」
「……ありがとう」
「知らなかったということは、魔法使いさんは初心者ですね」
「ジンでいい。今日初めて探索者になった。後、敬語もいらない」
「ジンね。私はニコルっていうの。こっちも敬語はいらないわって、もともと敬語じゃなかったか」
ニコルはそういってにっこりと微笑む。
汚れていてよくわからなかったけど、よく見ると、顔も悪くない気がする。
俺は一瞬どきりとしてしまう。
「二、ニコルか。よろしく。それで、ニコル。頼みがあるんだけど」
「な、なに?」
ニコルは両手で体を守るようにして一歩下がる。
モンスターでも出たのかと思ったが、俺の後ろには誰もいない。
何かわからないけど、今はいいか。
「気づいているかもしれないけど、俺迷ってるんだ。もしわかるなら、ここがどこか教えてほしい」
ニコルはあっけにとられたような顔をする。
「そんなことか。お安い御用だよ。……と言いたいところだけど、私には難しいかな」
「そっか」
ニコルもトラップにはまってここに来たんだったか。
それならここがどこかわからないのも当然か。
「私は中層の地図は持ってないんだ。地図があればここがどこかすぐわかるんだけど」
ニコルは残念そうに顔を伏せる。
地図があればわかるのか?
なんでだ?
理由はどうでもいいか。
「あ、地図なら俺が持ってるぞ」
「? 地図を持ってるのにここがどこかわからないの? 探索者ギルドでもらった地図だよね?」
ニコルは不思議そうに首をかしげる。
俺は自分の荷物の中から地図を取り出した。
「ダンジョンの地図なんて今まで見たことないから読み方がわからないんだ」
「あぁ。なるほど」
ニコルは俺に肩を密着させて隣から地図をのぞき込む。
「今はここだね。で、階段はあっちかな」
ニコルは地図の一か所を指さした後、一方の通路を指さす。
「どうしてわかるんだ?」
「この記号と同じものが壁に書かれてるでしょ?」
たしかに、壁には三角とまるを組み合わせたような記号が書かれてあり、それは地図に書かれているものと一致した。
そうか。
あの記号はそうやって使うものなのか。
よく見ると、ところどころに同じような記号が書かれている。
「あ!」
「どうした?」
ニコルはいきなり声を上げる。
そして、上目遣いに俺の方を見上げてくる。
「私、中層では足手まといかもしれないけど、ついていってもいい?」
どうやら、現在地がわかったから自分は用済みになって置いていかれると思ったようだ。
そんな心配しなくていいのに。
「大丈夫だよ。ニコルのことは俺が守るから。あのクモと同じくらいのモンスターだったら余裕だし」
「ありがとう! ジンは優しいんだね!」
ニコルは満面の笑みでそういう。
別に普通だと思うが。
そういえば、こんなふうに誰かに頼りにされるのは久しぶりかもしれない。
なんか、ちょっとテンションが上がる。
俺はこれまで以上にやる気を出して探索しようと思った。
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