最強魔法使い、探索者になる。④

「ふう。初日からやっちゃったな」


 俺はいたたまれなくなってダンジョンの中に逃げ込んでいた。


 あのあと、ザビンの武器と装備に修復魔法をかけた。

 装備の修復は簡単に終わってしまった。

 それほどいい装備ではなかったんだろう。


 ついでに回復魔法もかけてやるとザビンはすぐに目を覚ました。

 気絶したまま放置するのはかわいそうだったので回復してやったのだが、これが良くなかった。


 目を覚ましたザビンは俺の顔を見るなり悲鳴を上げて逃げて行ってしまったのだ。

 防具に命中させたからそこまで痛くもなかったはずなんだが。


 いなくなったザビンはどうでもいい。

 だが、その状況を見ていた探索者ギルドにいた探索者の視線はさらに厳しいものになってしまった。

 当然、パーティメンバーを探せるような状況ではない。


 いたたまれない俺に、カレンさんはダンジョンの下見を提案してくれた。

 ザビンを倒した俺なら浅層の浅い部分を一人で探索しても問題ないだろうとのことだ。

 ザビンはほんとに強かったらしい。


 カレンさんはわざわざ中層までの地図まで渡してくれた。

 本当に優しい人だな。


 そういうわけで、俺は逃げるようにダンジョンに潜ったのだった。


「しかし、ダンジョンは一年ぶりくらいに来たけど、何とも言えない場所だな」


 以前に潜ったのもこの浅層だった。

 その時と場所は違うはずだが、雰囲気は一緒だ。


 どういう原理かはわからないが、ダンジョンの中は暗くない。

 おそらく、壁が発光しているのだと思うが、明かりがなくても奥まで見通せる。


「このまま帰るのも微妙だし、いったん中を探索してみるか」


 せっかく潜ったのだから、一度か二度は戦闘をしておきたい。

 俺はダンジョンの中を進んでいった。

 この時、すでにどちらから来たのかすらわかっていなかったのだが、俺はそのことにすら気づいていなかった。


○○○


「ふう。ジン君。大丈夫かな」


 カレンはがらんとした探索者ギルドでひとり呟く。


 ジン君がダンジョンへ行った後しばらくして、探索者ギルドはいつも通りに戻った。

 探索者はみんなたくましいというのもあるが、いつも近くにいる関わっちゃいけない相手という意味では国立魔導士団も元国立魔導士団員も一緒だということだろう。


 一時間もするとほとんどの探索者はダンジョンに入っていき、探索者ギルドはいつものように人がいなくなり、カレンは暇になった。


 暇になると心配事が浮かび上がってくる。


 今カレンが心配しているのは、やはり先ほど冒険者登録をしたジンという名前の少年だ。

 年齢は確か十五だったはずだ。


 元国立魔導士団といっていたから、貴族か何かだと思う。

 いや、家名を登録書類に書いてなかったから、平民出身の魔法使いなのかもしれない。


 どちらにしても国立魔導士団員は準貴族みたいなもので、平民よりずっと大きな権限を持っている。

 あの口ぶりでは一か月後には国立魔導士団に帰るようだし、かかわらないほうがいい相手だ。


「……悪い子じゃなさそうなんだけど」


 ジン君はケンカを売ってきたザビンさんを治療していた。

 そんなことをする必要はないのに。


 それに、魔法も相当の実力だと思う。

 あの身体強化魔法や炎の魔法もそうだが、修復魔法はすごかった。


 真っ二つに折れた剣を下級魔法の修復魔法で直してしまっていた。

 そんなことができるなんて聞いたことがない。

 完全に破損した武器は上級の修復魔法でないと修繕できないと聞いたことがあるのだが。


 それほどの魔法の使い手がなぜ国立魔導士団を抜けたのだろう。


「何か理由があるようだったから、あとで聞いてみようかしら」


 貴族のことに首を突っ込むのは自殺行為だ。

 だが、どこか弟のようで放っておけないのだ。


 探索者ギルドの職員はあまり特定の探索者をひいきしてはいけないのだが、パーティメンバー候補の紹介くらいはしてあげてもいいかもしれない。


「たしか、彼、中層に行きたいといってたわね」


 カレンは魔法使いをパーティに加えてくれそうな探索者を思い浮かべる。

 ジン君は少し幼いところがあるから、年配のパーティがいいかな?


 カレンがカウンターに置かれた探索者の名簿に手を伸ばすと、ダンジョンの地図の束が目に入る。

 さっきジン君にも渡したものだ。


 思わず最下層から中層までの地図を渡してしまった。

 地図を渡すのは探索者ギルドの仕事で、求められれば渡すことになっているので問題はない。


 ダンジョンの中では実力が伴わなければ地図があろうがなかろうが簡単に命を落とす。

 それに頭は悪くなさそうだったので、無理はしないと思う。


 ……でも、見たところかなりおっちょこちょいっぽかった。


 ……やっぱり不安だ。


「まさか、迷い込んじゃったりして……。いや、ないわよね。さすがにない。浅層と中層の間には階段があるんだし、そんなことありえないわよ」


 この町のダンジョンは階段を下りることで次の階層に行ける。

 多くのダンジョンは階層間を転移魔法とかで飛ばしているので、比較的簡単に階層移動してしまうダンジョンとして有名だ。


 なんでも、昔、スタンピードの主が階層間を魔法で打ち抜いて階層間を移動したせいで、階層間の位相? が近くなって階段で移動できるようになったらしい。

 その縦穴は今でも残っている。


 ちなみにそのスタンピードの主が浅層から地上への一本道を作ってしまったので、探索者からは最浅層を通らずに浅層にいけるダンジョンとして人気だったりする。


 危険も多いのだが探索者はあまりそういうことを気にしないらしい。

 階層間の位相が近いせいで十年に一度くらいの割合で落とし穴みたいなトラップも見つかるのだ。


 十年に一度なのはそのトラップに引っかかった探索者は生きていないだけかもしれないが。


 カレンは誰に言い聞かせるでもなく、大丈夫。大丈夫。とつぶやく。


 だが、いくらつぶやいてもカレンの不安は増して行くばかりだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る