第5話 桜の木の下で

大阪城公園おおさかじょうこうえん!」


 由香子ゆかこが挙げたスポットは俺にとっても思い出深い場所だった。

 JR大阪駅おおさかえきから数駅のところにあるその公園は、大阪城とそれを取り囲む公園からなっている。

 昔、太閤秀吉が建築した大阪城を再建したものだけど、小学校の頃は何度となく行ったものだった。


「おおー。すっごい懐かしスポットが出たな!」


 テンションが上がってくる。


「やろ?やろ?」


 対する由香子も超テンションが高い。こんな一面もあったんだなあ。

 しかし、完璧に酔っぱらい二人組だ。


 というわけで、大阪城公園に向けて、出発。

 大阪駅からたった四駅だけど、空いている席に隣り合って座る。


 しかし、やけに距離が近いな。

 コートを通して伝わってくる温もりを少し意識してしまう。


「ところでさー、ゆかりちゃんって覚えとる?」


 ふと、ぽつりと出た話題。


「あー、覚えとるよ。ゆかりちゃん、強烈やったしな」


 南橋みなみはしゆかり。小学校の頃の友達だ。

 

「ん?和真はゆかりちゃんと仲良かったっけ?」

「小学校の頃、ゆかりちゃん、格ゲー好きやったやろ?」

「よー覚えとるな。私は、波動拳はどうけんに苦労しとったけどな」


 その言葉に、ゆかりちゃんと格ゲーで対戦しまくった事を思い出す。

 記憶というのは不思議なもので、きっかけがあるとどんどん思い出していく。


「俺は昇龍拳しょうりゅうけんまではなんとかやったな」


 あれは、ストリートファイターの何作目だっただろうか。

 そもそも、お互いタイトルを一言も言ってないのに、即、通じている。


「私は昇龍拳は無理やったよー。それで、ゆかりちゃんと最近話したんやけどな」

「ほうほう。ゆかりちゃん、今も近くに住んどるん?」

「そうそう。ゆかりちゃん、生涯結婚せん、とか言っとるけどな」


 彼女からもたらされたのは意外な情報。

 むしろ、男子に混じって遊んでいたタイプだったのだけど、男嫌いに?


「なんかあったん?男子にイジメ食らったとか」

「あ、そういうんやないんよ。結婚とか興味ないらしくてな」

「ほー、意外な」

「そうそう。写真、見る?」


 スマホをささっと操作して、差し出されたゆかりちゃんの写真を見る。

 スタイル抜群で、美人さんという感じに成長していたゆかりちゃんの写真。


「すっごい美人さんやのに、勿体ないわー」


 俺の正直な感想だった。


「私もそう思うんやけどねー。ゆかりちゃん、頑固やから」

「あー、気が強かったもんな」


 だいたい、小学校にして、格ゲーで並み居る男子をボコるなんてやってたのだ。

 ゆかりちゃんとはガチで格ゲーで火花を散らした記憶がある。

 しかし……。


「なんかさー。俺ら、小学校の頃、接点少なかったよな?」


 正直、何故、ノータイムで話が通じるのか、謎だ。


「んー、私もわからんのよね。私も和真もよー覚えとらんだけで、結構、よく遊んどったんやない?」

「そんな気がするわ。じゃなかったら、オカルトやし」


 どうやら、よく知らないと思っていた彼女は、実はそうじゃなくて。

 印象的なエピソードが少ないだけで、極めて仲が良かった可能性が浮上して来た。


「やな。ちょっとおもろいな。って、大阪城公園駅、着いた、着いた」

「おおっと」


 電車から下車した俺達は、一路、駅から大阪城公園へ。


「おー。懐かしの大阪城公園!」

「私も、もー、ほんと、毎年、毎年、行ってるで」


 長くて曲がりくねった道沿いに咲く、桜、桜、桜。


「いやー、こりゃすっごいええ景色やな」

「ちょい人多いのが玉に瑕やけどな」

「そう、やね。人少ない方が俺は好きなんやけど」


 見れば、あちこちに、シートを敷いて盛り上がっているグループ。

 家族連れも、カップルも、年寄りも。


「私も、完全同意。風流ちゅうもんがないんよ。風流が」

「どうどう。で、風流を解する由香子は、なんか知っとるんやろ?」

「よー聞いてくれた。ちょい案内するから着いて来てー」


 もう、テンション上がるを通り越して、はしゃいだ由香子が手を引っ張って、着いてこいと急かしてくる。


 こんなにはしゃぐくらいだから、よほどお気に入りスポットなんだろうなあ。

 少し、微笑ましくなってくる。


「よし、着いた!」


 案内してくれたのは、大阪城の天守閣が見える場所で、近くにベンチがある。

 しかし、既にベンチは埋まってるな……残念。


「んー、ベンチ埋まっとるな」

「そこやなくて、こっち、こっち」


 道から少し逸れたところにあるのは、俺達の腰の高さ程もある大きな岩。


「んしょっと」


 なのに、何故か当然のように、由香子は岩の上に座る。

 ああ、なるほど。ここが、オススメスポットというやつか。


「んしょっと」


 彼女に合わせるようにして、隣り合って座る。


「そっかー。ここが、由香子のオススメスポットかー」

「そーなんよー」


 見上げれば、満開の桜。目の前には、遠くに輝く天守閣。

 確かに、これは隠れスポットという奴だ。


「風流、という奴やね」


 その言葉は自然と口から出ていた。


「そーそー、風流、風流」


 しばらく黙って桜を見ていた俺たち。

 なんか、いい夜だ。と思っていたら。


「あ、よー見て。月!月!」


 空を指差して、由香子がつぶやいたのだった。

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