第6話 月と桜の木の下で

「あ、よー見て。月!月!」


 なんだか、すっかり童心に返った気分で、私は叫んでいた。


「おー、満月やな。これは贅沢や」

「ん。いい夜やね」


 今日、会う前は色々構えていたけど、どうでも良くなってきた。


「和真はさー。仕事、どう?」

「んー。楽しくやっとるよ。超ホワイト、ホワイト」

「どんくらい?」

「俺が会議の途中で寝落ちしても怒らんくらい」

「マジ?」

「マジやって」


 和真の居る業界は随分寛容らしい。私の仕事場もホワイトだと思うけど。

 それにしても、会議中に寝落ちとかしたら、怒られるのは間違いなし。


「由香子はどうなんや?マンションとかの模型作ってる言っとったけど」

「んー。割と楽しいもんやで。手先使う作業好きやし」

「あ、そうそう。昔から、そういうの得意やったよね」


 まただ。記憶はぼんやりなのに、何故か、相手の特徴を掴んでいる。

 でも、それもどうでもいいか。


「うん。でも、クライアントさんが無茶言ってくる時は、殴り殺そうか思うよ?」

「ちょ、殴り殺すって、おま」


 げらげら笑っている和真。


「ほんと、自由人なんやから。由香子は」

「和真の方が自由人やろ」

「否定でけへんな」

「いや、否定した方がええと思うで」


 この、素直過ぎるところは、色々困惑する。


「なんか、最近、思うんやけど」


 ぽつりと思い出したかのようにつぶやく和真。


「うん?」

「俺ら、だいぶ恵まれた環境で暮らしとるなー」

「そやねー。中高も平和やったし」

「同じく」

「ちょいいじめとか、由麻ゆまちゃん泣かしたりしたことあるけどな」


 今は、幼馴染グループで仲良くやっている由麻ちゃん。

 ただ、個人主義で、我も強かった私は、そんな事をしたこともあった。


「由麻ちゃんとは仲良くやっとると思ったけど。そんな事もあったんやね」

「そうそう。ま、色々あるんよ」


 でも、やはり、私たちの中高生活は本当に平和で、ただ楽しかった。

 それは何故なのかというと-


「和真は、蔦山小つたやましょうの事、覚えとる?」

「そりゃ、覚えとるよ。あそこの連中、好かんかったし」


 やっぱり、か。蔦山小は、私達が通った三原小の近くにあった小学校。

 校区で言えば隣接していたので、彼らも近所に居たのだけど、

 私たち三原小の連中と相性が悪かった。


 私たちの縄張りの境界線にあったのが、蔦山公園つたやまこうえん

 ここで、三原小グループと蔦山小グループが一緒に遊ぶと大体揉めていた。


「そうそう。なんか、蔦山公園は、近づかんとこ、とか」

「やな。で、たぬき山公園でぬくぬくやっとったと」


 たぬき山公園。それは、私達三原小の連中が遊び場にしていた公園。


「あそこの円形滑り台で色々遊んだよねー」


 感慨深げに言う和真だけど。


「でも、あそこの桜の木なー。ぶった切られちゃったんよー」

「ええ?あそこの桜綺麗やったのに……」


 思い出の場所が変わったとあって、彼も悲しそうだ。


「毛虫が湧いてきよるって苦情あったんやって。で、一週間後、ばっさり」

「乱暴過ぎひん?」

「そうそう。もうちょっと、手順踏むとかあっても良かったと思うんよ」


 近所にあるあの桜が好きだったのに、少し悲しかった。


「そっかー。やっぱ、たぬき山公園も色々変わったんやな」

「うん。もう、あの円形滑り台くらいよ。残っとるのは」


 話をしていて、少し切なくなってくる。


「で、話戻すけど。蔦山小つたやましょうの連中の話」

「三原中って、ほぼ、三原小出身と蔦山小出身の奴らだけだったんよ」

「そりゃまた。でも、蔦山小出身の連中に虐められたりとかは?」

「時々はあったけどな。ま、乱暴者や思ってたけど、大したことなかったわ」


 結局は、小学生だった私達が、何故か縄張りを作って、勝手に壁を作っていただけのこと。もちろん、三原小のグループみたいなものはあったけど、蔦山小の連中も根はいい奴が多かったのだ。


「同年代の奴の話聞くと、不登校になったとか、しんどい思いをした話いっぱい聞くし、ネット見ても、ごろごろ、暗い話転がっとるけど。ま、俺ら、のほほんとしとったんやね」

「ま、そういうことやね」


 だから、そういう話を、大人になって、見たり聞いたりした時は、色々心が傷んだものだ。ただ。


「私は、なんか、女子コミュニティーからは距離取ってたな」

「ああ、わかる、わかる。そういう話、どこにでもあるよな」

「一人ひとりはいい子だったりするんやけど、な」


 それが、悪いわけじゃないのだろうけど、個人主義の私には、どうにも、集団行動が基本の女子コミュニティは反りが合わなかった。


「あ、わかった気がする!」


 ポンと突然手を叩いた和真。一瞬、ビクっとなる。


「由麻ちゃんもやけど。大体、女子コミュニティから距離置いとらんかった?」

「あー、そうかもな。で?」

「いや、それが妙に気が合う理由やないかって。俺も超個人主義やし」

「和真やしな」

「まあ、な」


 それから、私達は、兄弟の話、父母の話、祖父母の話、お互いの中高や大学の頃をを好き勝手話し合った。せっかく、風流な雰囲気だったのに、風流のかけらもない。


 ふと、手元の時計を見ると、二十四時を周っている。え?


「な、なあ。和真?終電、大丈夫?」


 そもそも、私達は何時間しゃべっていたのか。バーを出たのが、午後八時。

 つまり、四時間?道理で、気がついたら寒いはずだ。


「あー、こりゃ、無理やな。ま、ホテル取るから気にせんといて」


 特に動揺した様子もなく、あっさり言う和真の言葉。

 きっと、お給料いいんだろうなあ。などと思ってしまう。

 とはいえ、半分は私のせいでもあるのだ。

 だから-


「半分は私のせいやし!うち、泊まっていかん?」


 咄嗟に叫んだ言葉はとんでもないものだった。

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