第3話 久しぶりに会ってみたら、異常にノリが合う件

 超高速で、大阪での飲みが決まった翌日。

 俺は、遅れないように、と、待ち合わせの午後六時の十五分前に待ち合わせ場所に来ていた。元来、方向音痴なので、かなり早め早めに家を出ることを心がけている。


 彼女が待ち合わせに指定した、大阪駅御堂筋口改札おおさかえきみどうすじぐちかいさつらしきところに到着したけど、由香子ゆかこはまだ来ていないらしい。しばらく、久しぶりの大阪駅でも堪能するか。


「んー、変わっとるような、変わっとらんような」


 大阪と言っても広い。JR大阪駅はかなり久しぶりだ。いつか見たような、人が大勢行き交う、ゴミゴミとした大阪駅の雰囲気はそのままな気もするし、建物は全然変わっていて、違う場所のようにも見える。


(変わるものもあるし、変わらんものもあるってことやろな)


 結局、場所は時が経てば変わっていく。不変な場所はどこにもない。とはいえ、完全に面影が消え去ってしまうわけではなく、大まかな構造は残っていたりもする。そんな、変わらない風景を見出すのは好きだ。


 一方、俺と由香子の関係はどうだろう。

 少しだけ、出会った頃に思いを馳せてみることにした。


◆◆◆◆


 彼女、加藤由香子が転校して来たのは、小学校三年の十月の事だった。なんで、こんな詳細な時期まで覚えているのだろうと思ってしまうけど、季節外れの転校生というのは珍しいから、印象に残っているんだろう。


進藤由紀子しんどうゆきこです。よろしくお願いします」


 あれ?標準語?というのが、第一印象だった。

 他の皆もそれは同様だったらしく、


「おお、標準語や」

「標準語やー」

「標準語やー」


 標準語連呼という謎の空気が出来上がったので、何やら先生が気まずそうにしている。進藤も、一瞬だけ、なんだか気まずそうにしていたけど、すたすたと着席した。


(肝が太いやっちゃな)


 子ども心にそう思った。

 しかも、窓際の席なのだけど、早速、ぼーっと外を眺めている。


 僕も周りから、突拍子もない行動を取るのに定評があった。だからだろうか。

 なんとなく、気が合いそうと思った。


 放課後、興味本位で進藤の席を訪れた僕は言い放った。


「進藤やったっけ。なんか、おもろいなあと思ったし、これから遊ばん?」

「おー。ええよ、ええよ」


 即答であった。周りの目など知ったことかという、気構えだろうか。

 僕は昔から言葉を覚えるのが早かったらしくて、当時から、こんな風に言葉で人を分析して見るのが好きだった。


 それからの出来事は色々曖昧だ。近所の公園で彼女も含めて遊んだ記憶もある。

 彼女の家に行った記憶もある。

 ただ、劇的なエピソードというのは特になかった、と思う。


 そんね平凡な出会いだった。


◇◇◇◇


(あ、そうか。由香子は関東から転入して来たんやったな)


 思い出して、ふと、気づく。考えてみれば、小三の時に、そこまで思いが至るわけもなかったけど、つくづく、彼女の事はあんまり理解していない。


「和真!久しぶり!」


 ポンと肩を叩かれた。

 振り向いて見ると、そこに居たのは以前の由香子とは随分違う誰かだった。

 いや、紛れもなく本人なのだけど、ショートだった髪を肩まで伸ばしているし、パンツルックを好んでいたのに、靴までかかるロングスカートだ。どこか眠そうな目はそのままだったけど。


 耳元にはイヤリングも。以前はもっと子どもっぽく感じたものだけど、髪型と服装が変わるだけで、こうも変わるものか。


「おお、久しぶり!由香子!」


 パァンとノリでハイタッチ。

 いつからか不明だけど、仲間内ではこのハイタッチが流儀となった。


「でも、めっちゃかわええな。スカートも大人っぽくて、似合っとるし」


 なんとなく正直な感想を言ってみた。超似合ってるのは事実だし。


「そっか。あんがとさん」


 おお。珍しく、そっぽを向いて、照れている。可愛い。


「よし、出発しよか」


 と、まるで自然にそうするように手を繋いで来た。


「お、おう」


 どういうつもりだ?と言いたくなったけど、ま、いいか。

 由香子は自由人なところがあるし、そういう気分なんだろう。


「で、ドイツビールやったっけ?」

「ベルギービール!わかっててボケとるやろ」

「ま、そりゃな」

「和真、地理に詳しいから、間違えるわけないやろ」

「よー覚えとるな」

「和真は、小学校の頃から、文系科目超強かったやろ」

「小学校の頃は、文系理系なかったと思うけどな」

「どーでもいい横槍はおいといて」

「ま、地理は好きやな。今でも」

「ほら、やっぱり」


 何故か、勝ち誇っている。何が嬉しいんだろう。


「で、俺は大阪久しぶりなんで、ナビ頼むな」

「オーライ!あ、でも、私、方向音痴やし、迷ったら堪忍な」

「そういえば、そうやったな」


 その言葉に、ふと、小学校の頃の記憶が蘇る。

 隣町まで遊びに連れて行ってくれたかと思えば、本人がどこにいるのかわからなくなって、それでも、平然としていた彼女の姿。

 

「由香子は案外変わっとらんのやな」

「ん?和真も変わっとらんと思うで」

「そっか」


 由香子の事はよく知らないと思っていたけど、意外に知っていたのかもしれない。

 そして、一対一で話した機会は少ないのに、全然気にならない。

 ひょっとしたら、俺も、あるいは、由香子も忘れているだけで、二人だけの想い出があったりしたんだろうか。


「そうそう。この、ヨドバシカメラなんやけどな……」

「ふんふん……」


 二人で、なんか妙なテンションになりながら、ベルギービールだったか、その店を目指して練り歩く。


 歩くこと約十分。目指す場所は、大通りから少し裏側に入った、角の一角にあった。お洒落なバー、という感じで、これは一人で来ても楽しそうだ。


「おー。これは雰囲気ええな。いいとこ知っとるなー」

「やろ?ここ、お気に入りなんやで」


 やけに自慢げなのがシャクだけど、ま、それもいいか。

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