第2話 最近話してない幼馴染があまりにアンポンタンな件

【明日、楽しみにしとるよ。酒飲みながら、適当に話そうや】


 そんなラインのメッセージが来た時、私が思ったのは一言。


和真かずまの奴、ぜんっぜんかわっとらん)


 大方、以前飲んだ時に話した、


「んー。私の事好きって言ってくれた人は何人かおるんやけどね。あんまお付き合いとかよーわからんし、断っとるかな」


 というのを真に受けているんだろう。もちろん、これは半分は本音ではあるけど、半分くらいは、多少気になっていた和真へのアピールではあった。その言葉で反応を引き出せないか、という。


「ふーん、そうなんや」


 の一言でスルーしてくれやがりましたけどね!


(これは、明日は、ちょっと服も気合いれないと)


 もちろん、別に、降り積もった想いがあるくらい和真とは深い仲じゃない。小学校ではいつも妙なことをしていたから、強烈に印象に残ってはいるのだけど。中学と高校は結局、別だったし。


 とはいえ、和真は体を動かすのが趣味なせいか、鍛え上げられた身体もあるし、面白エピソードをよく話してくれるし、妙に波長が合うところがあって、異性としても多少好ましく思っているところはある。多少、だけどね。


 何にしろ、和真に、「単に昔馴染みとダベる」と誤解されるのは女としての沽券に関わる。服は、普段は機能性重視なのだけど、明日は、ロングスカートで大人っぽさを出して、上も色々考えて、それからイヤリングもして……とあれこれ考えて、不思議と心が浮き立っている私自身に気がつく。


「いい大人やのに、何しとるんやろね」


 姿見を見ながら、いそいそとデートの準備をしている私自身に気づいて、自嘲してしまう。私達は今は二十八歳で、今年で二十九になる。大学生でもあるまいに。


 私は社会人六年目。昔から、寺社仏閣、現代建築など、種類を問わず建物を見たりするのが好きだった私は、建築業界のようなそうでないような微妙な職業についた。それが、ビル等のミニチュア模型を作って納品するという仕事。


 昨今、このような模型の設計段階は大体CADソフトでやるものの、最後の段階では手先の器用さを生かして、細部を整える必要がある。私が一番好きなのは、この最後の段階だった。模型を仕上げて納品した後は格別の充実感がある。


 たまに、クライアントさんが最後の最後で、「あ、ここの隙間に、ちょっと追加」とか好き勝手言ってくれやがりますけどね。きっと、見た目的にはちょっとの変更だから、些細な事だと思っているんだろう。


 実際には、CADソフトで図面に修正を加えたり、色々工程が増えて大変になるのだけど。とはいえ、仕事は仕事、仕方がない。まあ、大抵のクライアントさんは納期が適当なので、残業は少ないし、恵まれた職場だと思う。


「そういえば、ビール飲んだ後、考えとらんかったな」


 心のなかで和真の事をアンポンタンとツッコミを入れていた癖に、私自身抜けている。自分が抜けている自覚はあるのだけど、和真は幸い気づいていないらしい。


「んー、桜見るのもええかもな」


 他の日本人の例に漏れず、私は桜を見るのが好きだ。とりわけ、夜にライトアップされた桜は、言葉に出来ない美しさがあって大好きなので、お決まりの花見場所まで決めている。


「よし、決めた」


 和真もあれで風流を解する方だし、たぶん趣味は合ってるだろう。

 

(和真の事なんて、実はあんま知らんのにな)


 仲間内での飲みで、本人から、大学院に進んで、今は企業所属の研究者として働いている事も聞いている。彼は昔から頭が良かったし、集中力が必要な仕事は難なくこなしてしまいそうなところがある。そして、最近、彼は、私が住む大阪とは隣にある京都に戻ってきた。なんでも、テレワークで京都に住む事のOKが出たというのだ。


 最初、この顛末をライングループで見た時は、目の玉が飛び出る思いだった。

 ほんと、行動が読めないなと思う。


 でも、和真は色々読めない奴だけど。

 それでいて、きっと、楽しくビールを楽しめるだろうと信じられる。

 花見もきっと、一緒に楽しめるだろう。


 そう思えるくらいには、彼を信頼している。

 私達の関係は何なのだろう、とふと思う。


(同小出身の友達ってとこやろね)


 世間には、幼馴染という言葉が広く流通しているのは知っている。

 ただ、仲間内ではまず出ない。

 他の人に紹介する時も、この言葉が出た事は殆ど無い。


 仲間内でも、それぞれ違う理由はあるんだろうけど、私としては、「幼馴染と言っても色々あるんよ」みたいなノリだ。もし、迂闊にも、そのワードを仲間内以外で出そうものなら、特に女友達の食いつきが異常にいいのだ。なんだか、とても甘酸っぱい関係を想定されるらしく、面倒くさい。

 

 一度、職場の同僚と和真の話題になったことがあって、長ったらしいので「幼馴染なんですよ」と言ったら、キャーキャーワイワイの羽目になったので、以後、そのワードは永遠に封印することになった。元来、面倒くさがりの私としては、そういうどーでも良い話はスルーしたい。


(なんか、こういう事を考えることもどーでもええか)


 きっと、和真なら、延々とそういう思考を続けられるんだろうけど、長時間の思考は私の苦手とするところだ。


(ま、なるよーにしかならんよね)


 適当なところで、思考を打ち切って、明日を楽しみにしつつ消灯する。


(和真は何考えとるやろね)


 ウキウキとした心で、そんな事を少しだけ思いながら。

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