第35話 水魔法とガーゴイル

 レイニーフロッグの討伐の後から数週間が経つ。

 霧雨ダンジョンの探索は続いている。


 数週間の探索を経て、得られた気づきがある。

 どのモンスターにしてみても、動きの俊敏さが目につくのだ。

 モンスターの体力自体はさして高くなくとも、攻撃が命中せず、想定よりも討伐に時間を要することがすくなくなかったといえる。


 すばしっこいのは厄介だ。

 モンスターの攻撃を喰らってしまうことも増えた。

 これまで以上に体力を削られることが増え、楽な戦闘は減ったといっていいだろう。


 そこで役立ったのが八ツ橋だ。


 回復魔法、【完全治癒パーフェクトヒール】の使用のおかげもあって、危機に瀕するようなことはなかった。

 魔法の精度は、使用を重ねるごとによくなっていき、今まで以上に八ツ橋を重宝している。


 感謝を伝えることも多いのだが、


「私にはこれしかありませんし。攻撃手段を持たない者としての役割を果たすまでです」


 このように、八ツ橋はあくまで謙遜した。

 そうはいっても、攻撃手段を持たないことに対して、八ツ橋はそれを変に誇ったり、現状に満足するようなことはなかった。


 レイニーフロッグ戦以来、八ツ橋は水魔法を試し続けている。

 水魔法使い、柊春樹の指導のもと、鍛錬を繰り返す。

 日が経つにつれ、上達は目に見えてわかるようになってきていた。


 そして、ついに本日、八ツ橋は水魔法を習得した。

 これで、八ツ橋はいわゆる「二刀流」というやつになったのではなかろうか。

 足掛け数週間といったところだろう。


 ここにきて、霧雨ダンジョン特有の雨にも慣れ、不快感を覚えることは減った。

 レイニーフロッグをはじめとした、低層のモンスターは苦労せずに倒せるようになった。


「そろそろ、もっと奥の層に行ってもいいんじゃないか、柊?」

「ああ、そうだな。相当このダンジョンに慣れてきたらしいし、そろそろ俺も提案しようと考えてたんだよ。女性陣のおふたりさんはどうなんだ?」

「私は賛成ですね」

「もちろん。更なる強敵を、僕の体が求め始めているわけだしね」


 実はこの前に、階層ボスと何度か戦っていた。


 ただ、低層における階層ボスの攻略は、特筆するに値しないだろう。

 というのも、レイニーフロッグの強化版と形容するしかないような、率直にいえば面白味も新鮮味もない敵だったからである。

 哀れな階層ボス達……。


 全員の賛同が得られ、俺たちは先の層へと足を踏み入れることとなった。


「わぁ、綺麗!」


 新しい階層を見た第一印象として、上部に見られる鍾乳洞しょうにゅうどうの存在感の大きさが挙げられるだろう。

 鍾乳洞しょうにゅうどうからは、霧雨のそれとは違った、ポタリと水の滴る音が聞こえてくる。

 そして、鍾乳洞しょうにゅうどうに混じって、モンスターの石像らしきものが散見された。


「珍しいな、ダンジョンに石像があるなんて」

「そうだね竜司くん。僕も初めて見たよ。ダンジョンというのもまだまだ奥が深いらしい」

「……いや、残念ながらそれは違うぜ。あれはれっきとしたモンスターだ」

「そうなのか!?」

「見ればわかる」


 石像に目を凝らす。やや小型で、竜のような翼を持っている。

 頭には二本の角を生やしていて、悪魔のようにも見える。


「……ん?」


 固まって動かない石像だと思っていたそれが、やや動いた。

 

 足元から石像がぺきりと欠ける。

 石で覆われていた内側が晒される。

 灰色がかった青色の体表が露わになった。


 足から頭部まで石というベールが剥がされると、そこにはモンスターが出来上がっていた。

 それは一体だけの話ではなかった。

 合わせて三体だ。


「あれはガーゴイル。これまで以上に素早く、そして技のバリエーションも豊富だ。警戒を怠るんじゃねえぞ!」


 柊の説得を受ける。


「キャィアアアアッ!!」


 ガーゴイルの雄叫びが上がった。

 竜のそれに近い。

 翼を激しく揺らしている。


 鋭い眼光は、俺たちの方をはっきりと捉えた。


 柊、八ツ橋は水魔法、有栖は炎魔法の準備をおこなう。

 動き出すのを待っている。


 そして俺、赤城竜司は。


「【人竜融合】!」


 黒剣を構え、攻撃に備える。

 いつでも動ける。


 ……来る。


「いくんだ、僕の爆弾」


 有栖が発動した追尾型の爆弾は、ガーゴイルへと吸い込まれていくように見えた。


 が、爆弾が対象を捉えるよりも早く、ガーゴイルは移動していた。

 一発の爆弾は宙空で無為に爆ぜ、次も、その次もガーゴイルに傷を負わせることができない。


「いきやがれ!」


 柊の水魔法は、辛うじてガーゴイルの体に衝突していたが、芯に当たったような様子ではなかった。

 八ツ橋の攻撃は狙いが定まっておらず、うまく命中しない。


 近づくガーゴイルを、俺はギリギリまで待つ。

 鉤爪で切り刻んでくる直前まで肉薄を許す。

 腹部はがら空き。

 

 ここだ。

 寸前でクローから体を逸らし、すかさず黒剣を叩き込む。

 体表は硬い。鱗のようだった。


「本当に、厄介な敵みたいだな!」


 三体のガーゴイルが入り乱れ、次々と俺たちに襲いかかってくる。

 こちらが必殺の一撃を喰らわせる隙をなかなか見せない。


 ガーゴイルとの戦いは簡単ではない。そう確信した。

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