第34話 レイニーフロッグ

 カエルのようなモンスターに俺たちは対峙している。


『汝、気をつけろ。レイニーフロッグはLvが低い割には動きが素早くて厄介だ』

「忠告どうも」


 心の中で黒神竜のアドバイスに返答した。


 モンスターのステータスを確認する。


 奴らは本当にレイニーフロッグというらしい。Lvは決して高くないが低いともいえなさそうだ。


「ゲロロロッ!」


 レイニーフロッグの後ろ足がしなやかに曲げ、溜めを放出し、飛び上がる。


 動きは俊敏そのものだ。油断していれば反応できないだろう。


 黒剣を顕現させ、レイニーフロッグの軌道を見極めてすかさず刃を合わせる。


「よし」


 予想通り、黒剣が標的にぶつかった。


 しかし、最終的な結果は予測から外れてしまう。体が引き裂かれ五臓六腑を散らすことはなく、ぬめり気のある体表を撫でただけだった。


 レイニーフロッグは、勢いを利用して俺の背後に移動した。


「早速剣が効かないときたか」


 有栖も似たようなものだった。追尾型の爆弾を何度も使っているが、衝突してもレイニーフロッグはまるで傷つかない。


 霧雨のせいで爆弾の威力とスピードが鈍っていたとはいえ、俺同様、いささか信じ難い事実と受け止められただろう。


 これまでのサクサク進んできたダンジョン探索が、一瞬別のもののように思われてしまう。


 むろん、諦めるのはまだ早い。ゴーレム討伐のときだって、すぐに剣が効いたわけではなかった。


 劣勢なふたりとは対照的に、柊は余裕の表情を浮かべていた。


 彼が使うのは水魔法。


 体の前に腕を突き出し、手のひらを広げるだけというシンプルな体勢から放たれる。


 水魔法は変幻自在だった。単に水を出しているだけにも見えかねないのだが、よく見ると違う。


 水の鋭さ、強弱、軌道を調節し、柊は的確にレイニーフロッグの急所を捉えていた。


「グゲッ!?」


 致命傷とまではいかないが、着々とダメージが入っている。


 今回の場合、斬るより突く方がよさそうだ。


 剣を〝斬る〟ためだけのものと考えだが、使い方が限定されているわけではあるまい。


 また別のレイニーフロッグが接近する。早速試してみるか。


 俺が斬ってくると見たレイニーフロッグは、恐れしないで、真っ直ぐとこちらに飛んでくる。


「食らえ!」


 青眼の構えに戻り、黒剣の先端をむけ、槍のように突く。


「グガガ……」


 体表にぬり気があるとはいえども、これは受け流しきれなかったようで、今回はしっかりとダメージが入ったようだ。


「いいぞ竜司。ひとつの戦い方だけが正解じゃない。高い柔軟性を大事にしろ」


 いいながら、柊はレイニーフロッグを痛め続ける。もうすこしであちらのレイニーフロッグは倒されそうだ。


「はい!」


 有栖の方を見やる。霧雨ダンジョンにおいて、炎系の能力は鬼門だと思い込んでいたが……。


「君たち、そういうことだったんだねッ!」


 有栖も気づいたらしい。着実に攻撃は入っている。いつもとは戦い方がやや異なっている。


 ……俺も戦いに戻らなくては。


 素早さが失われつつあるレイニーフロッグは、俺の敵ではなくなりつつある。


 追わせた傷は深いし、動きも相当鈍い。ここで決める。


「消えろ!」


 素早く、そして深くレイニーフロッグを突く。これまでの攻撃でおおよそ急所というものは把握していた。


 奴の場合は背後が弱いのだ。


 そんな背後に、ざくりと黒剣を差し込む。数秒の間に、同じことを三度繰り返す。


 敵の動きが止まった。四連撃目を加える前に、奴は魔石と化してしまったのだ。


「よしっ!」


 魔石を回収する。ドロップアイテムはなさそうだ。


 周囲へ注意をむけると、有栖もレイニーフロッグを倒せていたことがわかった。


「やるじゃないか、有栖。相性の壁をブチ破ったな」

「なんのこれしき。大した相手ではなかったさ」

「最初は苦戦しておいたってのによくいうよ」


 まあ俺も苦戦していたがな。


 柊はとっくに戦闘を終えていたらしい。今回の場合、レベルの差よりも経験の差が物をいったようだ。


 モンスターとの戦闘から意識が外れると、篠突く雨が気になりだした。


 小雨であるから視界に支障をきたすほどではないとはいえ、やや不快だ。


 雨粒を払っておく。頭を掻き、それから上着、ズボンといった具合に。


 またどうせ濡れるからあくまで気休めみたいなものだ。


「竜司、有栖。これが霧雨ダンジョンだ。動きは早ぇし、攻撃は効かねえ。そんな戦いずらいモンスターばっかだ」


 レイニーフロッグとの戦闘で、身をもって体感したことだな。


「だからこそ、そんなモンスターを倒していくうちに着実に実力がついていく。さっさと俺より実力をつけてくれよ? あんたら、ボスに気に入られてるらしいしな」


 いって、柊は目線を合わせてきた。


「失望されないように頑張る」

「僕は期待の星として輝けるようにするだけさ」


 ややあって、八ツ橋がこちらに近づいてきた。戦闘中は俺らから距離をとっていたんだった。


 今回は幸運にも治癒なしで勝てたから、出番はなしだった。


「八ツ橋、だったか?」

「なんでしょうか」

「あんた、治癒魔法は使えるらしいが、他の魔法はどうなんだ」


 そうきたか。八ツ橋は治癒担当とばかり思っていたから、意外な発想だ。


「試したことないです」

「もったいないな。せっかくなら光魔法も試してみたらどうだ?」

「でもどうすればいいのか……」


八ツ橋は悩ましげだった。


「治癒魔法には高度な魔力操作能力が不可欠。それができるなら他の魔法は楽だ。内に込めていた魔力を、外に絞り出すことだけをイメージ。それを繰り返せばすぐに身につくはずだ」

「ありがとうございます。早速やってみます!」


 実にありがたいアドバイスだった。


 しかし、このままでは俺の役割を食ってかかりそうな勢いだ。


 なんとしても迅速に経験の差を埋めていくしかない。


 柊に負けていては、俺の求めるゴールにたどり着くことはできないのだから――。



 俺達は探索を再開した。

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