第33話 霧雨ダンジョン

 柊春樹は迷宮神話の一員である。


 水魔法を使うスタイルであり、戦闘能力の高さを買われ、組織内での地位を向上させてきた武闘派だ。


 先日、柊に水魔法を舞風ダンジョンで水魔法を実演してもらった。

 彼の水魔法に関して、注目すべきは機動のスピードと威力だった。

 速攻を好む俺にとって、その特徴は魅力的に思えた。


 ただし、有栖のような緻密さはないし、技のバリエーションもすくない。


「思うに、力こそ全てだ。通用しない相手はいない。反応される前に仕留めればいいからな」


 舞風ダンジョンを抜けた後、柊は闘志に満ちた鋭い両眼をいからしながら豪語した。

 もっとも背が高く、がっちりとした彼から発せられた言葉には、有無をいわせぬ力強さがあった。


 柊の年齢は死んだ兄さんと同じくらいだ。

 俺たちの中だと最年長となる。


 彼が入ったことで、一気に雰囲気が引き締まったような印象を受ける。

 俺たちは死と隣合わせのダンジョンにいることを強く意識させられる。


「赤城、霧雨ダンジョンに入るのは初めてか?」


 柊は出会って間もないにも関わらず、すでに俺たちを呼び捨てにしていた。

 いい意味でも悪い意味でも馴れ馴れしいタイプのようだ。


「もちろん。決して簡単なダンジョンでないとは聞いていたから」

「ほぅ。それでも霧雨ダンジョンの名の由来くらいは知ってるか?」

「確か、ダンジョンの中でずっと霧雨が降り続けるからだと」


 ダンジョンの名前は、そのダンジョンの特徴が由来となっているものが多い。


 舞風ダンジョンは、最下層のダンジョンボスが風神竜であることが由来である。

 霧雨ダンジョンというのは実にそのままだな、と初めて聞いたときに思ったものだ。


「グレイトだ! 霧雨ダンジョンは水属性のモンスターが多い。大概の探索者は、モンスターと同じく水属性の俺が不利だと抜かす奴がすくなくない」


 ギク。俺は多数派だったらしい。

 反応を見るに、有栖も八ツ橋もそうらしい。


「しかし、それは逆だ。俺は何度かここのモンスターと戦ったことがあるが、Lv差が気にならないくらい戦えた。水属性を使いこなせるってのは、水属性の弱点を熟知していることとイコールの関係にあるんだ」


 やけに演技がかった口調で、身振り手振りも大きい。

 かなり熱が入っていた。


「水魔法の弱点は……そうだな、これはやめよう。企業秘密だな。新入りの俺が、信頼関係を築けていない相手に弱点をさらすなんてお人好しすぎるってもんだな。


 ともかく、モンスターとの相性はもちろんのこと、自分の能力を把握することもそれ以上に重要だ。


 いくつも新しい技に手を出すやつがいるが、俺はおすすめしない。ひとつの技を極めれば、バリエーションなんて魔力のさじ加減でどうにでもなるからな」


 柊は、このようにして俺たちに色々とアドバイスをしてくれた。

 Lvはさほど遠くはないが、探索者としては柊が先輩である以上、教わることはたくさんある。


 Lvだけで実力が決まるというものではないのだと、強く実感した。




「……それじゃあ、入りましょうか!」


 八ツ橋の一声で、ダンジョン探索がスタートした。

 諸々の手続きを終え、ダンジョンへ入っていく。


 通路を抜けた先には扉があった。

 近づくたびに、雨がさあさあと地面を打っている様子がはっきりとしていく。


 扉を開ける。

 本当に雨が降っていた。


 いささか現実とは受け入れ難かった。

 写真でしか見たことがないものを、実際に見たときのような感覚だ。

 百聞は一見に如かずというやつかもしれない。


「足元が悪いから気をつけることだな」


 先陣を切るのは柊だ。

 過去に攻略した階層まで、彼はリーダーに近い役割を務めることになっていた。


 ダンジョン内は、雨のために視界や空気感、地面の質感などは異なっているものの、舞風ダンジョンと似ているところが多い。

 ダンジョンはダンジョンということらしい。


「ちょっと雨が気になる、かも……」

「僕もなんだか気分が優れない気がするよ。属性のせいかな?」


 女性陣にとって、雨は厄介な存在らしかった。

 有栖は炎系統である爆裂魔法の使い手。

 相性の悪い水が体に悪影響を及ぼしている可能性は否定できない。


「最初に目指すのは階層ボスだ。ボス部屋は雨がまばらであるから、ここでの戦闘に慣れるにはちょうどいいだろう」


 Lvは舞風ダンジョンの下層のものに近いという。

 流石に風神竜レベルは第一層という上層では出てこないらしい。

 慣れない道だが、柊の案内のおかげでどうにか先へ進める。


「人が多いな」


 舞風ダンジョンより人とすれ違う回数が多い。

 ここがスタンダードなダンジョンだからだろうか。


 そんな独り言を吐くことは次第になくなった。

 幾度かの分岐点を超えると、人は減っていく。


 静寂が流れ出す。

 ここまで遭遇したモンスターはなし。そろそろだろう。


「ゲコッ……」「ゲコゲコゲコ……」「ゲコッゲ……」


 ……突如として、カエル型のモンスターが現れたのだ。

 大きさは一メートル半くらいで、カエルらしく黄緑色のボディーであった。

 相手との距離は、およそ十数メートル。


 ぴちゃり、ぴちゃりと音を立ててその場を飛んでいる。

 どうも、動きは想像以上に俊敏らしい。


「俺が水魔法を使って先陣を切る。こいつには炎魔法は効くから、有栖も安心して打っていい。いくぞ!」


 柊の命令を受け、俺たちは動き出した。

 霧雨ダンジョンにおける、それが初陣だった。

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