第32話 【迷宮神話】の提案

迷宮神話ラビリンスミス】。


 規模の大きい、凶悪な探索者集団である。


 仲間に特殊な道具を取り付けさせ、その経験値を一時的に集めて能力を向上させる。そんなスキルを持つものがいたことは記憶に新しい。


 かつて、俺たちはその一味と干戈かんかを交える機会があった。


 結果は俺たちの勝利。以後、こちらの要望があれば、彼らの協力を得られる運びとなっていた。


「【迷宮神話ラビリンスミス】からの提案、どうしようか?」


 彼らからのメッセージが来たのは、ゴーレム討伐の二日前のことである。


 俺たちが風神竜を討伐したという噂は、既に広まっていたらしい。それを聞きつけ、このメッセージが送られてきたという。


 突如として現れた新参者。【迷宮神話ラビリンスミス】をその手で下し、ダンジョンボスまで倒したとなれば、噂になって当然だろう。


「君たちを私たちの組織に入れたい。そんな提案だったよな」

「そうそう。あれってさ、正直こちら側にとって都合がよすぎる条件だったよね」

「でもなぁ……」


 彼らは、どうしても俺たちを取り込みたいのか、三つの特典を突きつけてきた。


 第一に資金援助。もしなされれば、金に困ることはなくなる。


 第二に強力な戦力。【迷宮神話ラビリンスミス】の好きなメンバーを何人でも同行させてもよいとのこと。戦力の強化は死の危険性を減らす。


 第三に絶対服従。今後、彼らが逆らうことがないと約束される。奴らとのトラブルを減らすことができる。


 マイナス面はないといっていい。一方的に相手方が損をするような、そんな提案である。


 うまい話には裏がある。すぐに承諾しかねた。


 忘れてはならないが、彼らは慈善団体とは正反対の、凶悪な悪党集団である。


 彼らの仲間になること、すなわち悪の道へ踏み込むことも意味する。


迷宮神話ラビリンスミス】との繋がりのせいで今後の活動に累が及ぶことも考えられる。


「承諾でも拒絶でも、いずれにしても理由がはっきりしてるからな」

「別に承諾してもいいと僕は思うな。彼らの援助があれば、探索は楽になって、より早く強くなれるだろうね。いずれ一定の実力がつき、必要なくなれば切り捨てればいい。それだけの話じゃないか?」


 有栖のいい分はもっともだった。肯定的に捉えればそうだろう。しかし、そうでなければどうだろう。


「もし切り捨てられなかったとしたら? 裏にさらなる強大な勢力があれば、どうするつもりだ?」

「その論法を用いるなら、提案を拒絶するという選択肢はそもそもないだろうね。強引に僕らを取り込もうとするんじゃないかな?」

「確かにその通りだな」


 俺はいい返すことができなかった。反論できるほどの頭脳を持ち合わせていなかったし、それに有栖の意見はいいものであると感じられた。


「そうなると、有栖ちゃんは【迷宮神話ラビリンスミス】をただの道具だと思ってるのかな?」

「ああ。強くなる上で、僕は過程を気にしない。強くなったという結果があればいいだろう。奴らも【連鎖講チェーンストラクチャ】というスキルに頼って能力を向上させていたじゃないか……奴ら、というのは主語が大きいけどね」


 それをいえば、俺も【早熟アーリーブルーム】というユニークスキルに頼っているといえてしまう。


 人よりもLvの上昇が早いというのは、同じ数のモンスターを倒したとしても、成長の具合が段違いであるということだ。


 見方を変えれば、人よりも楽に強くなっているということ。そこに俺は感謝の念や罪悪感を抱いてこなかったし、むしろ当然のことのように思っていた。


 己の組織を強くするために手段を選ばない。


迷宮神話ラビリンスミス】となんの違いがあろうか。


「俺も、有栖の意見に賛成しようと思う」

「竜司君、正気なの? それにさっきとは意見が真逆だよ?」

「俺は強くなりたいし、強くならなくちゃならないんだ。なりふり構ってる場合じゃない。それを改めて思ったんだ」


 八ツ橋は口をつぐんだ。反論だったろうか、言葉を発しようと幾度か試みていたが、それはなされなかった。


「どうかな、八ツ橋?」

「本気の目をしてる人を、すげなく断るわけにはいかないよ」


 ややあって、八ツ橋が答えた。


「本当にいいのか」

「不安もあるけど、強くなるためだもんね。私、信じてるから」


 心から賛成しているわけではない。優しさと諦めが混ざっている。


 八ツ橋を失望させないようにしなければならない。その念が、胸の奥底をつく。


 これは死んだ兄さんのための決断だ。ビバ勝利至上主義。これは正義のためにやるんだ。


 たとえ正義と認められなくとも、すくなくとも必要悪としては認められるべきことなのだ。


 だというのに、八つ橋の表情に哀しみが帯びていたことが、やけに気になった。


「じゃあ、方針も決まったことだし、もう出ようか」


 俺たちはカフェを出た。




 一週間後。俺たちは、新たなダンジョンへと足を運んでいた。


 霧雨ダンジョンだ。


「腕が鳴るなァ、こいつはッ!」


 俺の隣で、男が興奮している。


 四人目の新しい仲間、ひいらぎ春樹はるきである。

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