第31話 新たなダンジョンへの誘い

 ゴーレムの討伐から三日。


 特に何かすることもなく、自室のベッドに横たわって時間を空費していた。もう正午を回っている。


 本日は休日。学生が昼間に家でダラダラしていようととがめられまい。


 ようやく心の整理がつき、有栖や八ツ橋とのダンジョン探索を再開しようと考えていた。


 俺たちは既に風神竜を倒している。その功績は決してなおざりにされるべきものではない。


 風神竜はダンジョンボス。最下層にいるモンスターである。


 それを討伐したということは、このダンジョンで俺たちよりもLvの高い敵がいないということを意味する。


 むろん、ひとりで戦うとなれば話は変わってくるし、レベルだけが強さだけでないのは事実だ。


 更なる強敵を求めるのに、舞風ダンジョンでは物足りなくなりつつあるのは確かだ。


 しばらく彼女たちとは会っていないが、メッセージのやりとりはしている。


 連絡先の交換をしたのはそこそこ前だ。共にダンジョンを潜る上で、互いの予定や集合場所がわからなければ不都合という理由からだった。今の時代、スマホは必須である。


「ん?」


 手元に置いてあったスマホが震える。


『今から三人で集まってランチでもしない? 竜司君、今日は空いてるって噂だけど、どうかな?』


 差出人は八ツ橋だった。有栖ではないと一目でわかる。有栖なら文章に癖が出ている。


 有栖なら「集まらないか?」と書くだろうし、「竜司君」ではなく、単に「君」という呼称を使うだろう。


「全然いけますよ〜! 場所はどこで何時からになりますか……これでいいか」


 風神竜を倒したのだから、しばらく休憩しよう。それが俺たちの差し当たりの方針だった。そろそろ動き出してもいい頃合いかもしれない。


 きっと、今回の集まりでこれからの話し合いがなされる。息抜きも兼ねてだろうが。


 あっという間に既読がつき、すぐさま返信が来た。食事の場所と集合時間が記されていた。


 場所はスイーツが美味しいと話題のカフェ。これは……息抜きが八割だろうな。集合時間は、のんびり支度をしていられないくらいに設定されていた。




 一時間半後、指定のカフェに到着した。周囲の風景を見る限り、俺の近所より都会らしさ満載だった。


「竜司くーん!」


 カフェの前で、八ツ橋と有栖は待っていた。


 ふたりは私服を着ていた。ダンジョン探索時には、服装のおしゃれさよりも機能性が求められる。いつもは、彼女たちの勝負服(?)を拝める機会が皆無なのだ。


 とはいえ、有栖の格好はダンジョン探索時とさして変わらずゴスロリチックな服装である。やや露出が多い。心なしか生地とデザインが洗練されていて、いつもとは別物のように思われた。


 八ツ橋はオーバーオールを着ていた。配色がうまく、全体的に引き締まった印象を受ける。かわいらしさを意識させられる。


「こんにちは。もしかして、待たせましたかね?」

「そうだね。三十分はここで立ち尽くしているよ」

「有栖ちゃん、そのいい方はないでしょ!」


 八つ橋いわく、ふたりで出掛けている途中で俺に連絡をよこしてくれたらしい。俺の遅刻は不可避であったようだ。


「僕は彼をからかわずにはいられないんだ」

「いい性格をお持ちらしいな」

「君から皮肉を聞けるとはね」

「ほらほらふたりとも、口論しないでよ」


 つい毒が出てしまった。有栖を黒神竜に重ね、いい方がきつくなってしまう。口調か性格か、いずれにせよ黒神竜と似通っている風に感じられるのだ。あくまで俺の主観だが。


「つまらないな。しかし、心優のいうことなら仕方あるまい。一時休戦といこう」

「このまま再戦されないことを願うよ」


 店は思ったより空いていた。人気店とはいえ、お昼どきからはやや外れた時間帯であるからか。


 内装は洒落しゃれていた。落ち着いた雰囲気もありつつ、遊び心もある。客も店員も悪い人はいなさそうだ。


「パフェ楽しみだな〜!」


 注文を終え、ワクワクが抑えきれずにそわそわする八ツ橋。


「そんなに楽しみなんだな」

「おいしいものが嫌いな女子なんていないんだよ? 私に限らずね」


 いって、八ツ橋は有栖を見やる。


 有栖も似たようなものだった。冷静さを装っているが、期待に満ち溢れている気持ちを隠し通すことは難しいようだ。


「心優、私を期待させないでくれ。空腹を意識したくない」


 かくいう俺も、他の客が食べている様子とメニューに載っていた写真から食欲を大いにそそられていた。食欲は男女を問わない。


 しばらくして、注文したものが届いた。食べ始めたが最後、俺たち三人は知能が地の底に落ちていた。「おいしい」としかいえない人間に成り下がっていた。


「……さて、本題に入りますか」


 八ツ橋が話題を変えた。食事を終え、他愛のない会話を挟んで、ようやくダンジョンの話だ。


「確認だけど、これから、別のダンジョン、つまり、霧雨ダンジョンでの攻略へと移行する。それでいいかな?」

「ああ」

「僕もその提案に賛成だよ」

「じゃあ、そうしよっか」


 これは想定済みのことであったが、正式に決定となった。


 資金面に問題はない。風神竜を倒したことそれ自体で、大きな収入を得られている。


 実力面も問題ない。次のダンジョンが舞風ダンジョンよりも急激に難易度が上がるわけではない。


「そうなると、次はあの件ね……」


 俺たちが相談したかったのは、とある危険分子についてのことだ。


迷宮神話ラビリンスミス】である。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る