第30話 ゴーレム討伐③

 果たして、ゴーレムは本当に討伐できたのだろうか。


 古海淳の命を奪った存在が、こうも容易く死ぬものなのか。


 あのゴーレムのレベルは決して低いものではなかった。自分のレベルが上がったとはいえ、油断できない相手であったはずだ。


 警戒を緩めてはならない。


『……汝、ゴーレムを見ろ!』


 ややあって、黒神竜が語りかけてきた。それを受け、ただの岩と化したゴーレムを見やる。


「復活している、だと?」


 倒したはずのゴーレムが再生していた。映像を巻き戻すように、壊れた体が元通りになっていくのだ。


 割れた鉱石も、砕けた岩も、剣でつけた傷も。何事もなかったかのように。


 かくして元通りになったゴーレムは、勢いそのままに巨大化を始めた。


 全長がさきほどの倍はありそうなほどだ。鉱石が体に取り込まれ、表面には姿を見せなくなってしまった。


 第二形態というところだろうか。


「こんなの倒せるのかよ……?」

『さきほどまでの気概はどこへやら、だな』

「文句をいいたいだけだ。俺はこんなところで負けてらんねえ」

『自信過剰もいいところだな』

「うるせえ。蹴散らすところを見せてやんよ!」


 俺の力は黒神竜から与えられたもの。偉そうなことはあまりいうものではない。


 しかし、今は勝つことを信じるしかない状況である。細かいことは後回しだ。


 ここで負ければ、古見淳の仇を討つことはできない。なんとしてでも勝ち、後悔の念を、すこしでも軽くしておきたい。


 これは一種の自己満足だ。有栖も八ツ橋も連れてきていない。


 俺は俺自身の決着をつけにきた。その思いを果たさずして、この選択に意味はない……。


「いけっ!」


 剣に魔力をまとわせる。


 ゴーレムを斬るのに、ただの黒剣一本では厳しいものがある。MPの消費が気になるところだが、今回は短期決戦の方針だ。ケチらずに使っていく。


 剣はゴーレムの右腕に直撃した。


 これまでよりもいい当たりだ。剣が腕に食い込んでいる。すかさず剣を引っ込め、距離を取る。


「おっ!? やべっ」


 ゴーレムの唸り声にともなって、拳が飛んできた。


 スピードが第一形態(仮)と比べると恐ろしいくらいに速い。そして重みも違うときた。


 砂塵が顔面に直撃する。視界が危うくなりつつあるレベル。さらに素早い攻撃が繰り出されるとなると、避けることが格段に難しくなるだろう。


「話が違うじゃないか」

『さすがは初心者ビギナー。ゴーレムが形態を変えることを考慮していないとは』

「皮肉が過ぎるぞ!」

『事実を述べただけだ。汝、ここで死ぬなよ』


 ここで死ぬ気はさらさらない。しかし、理想と現実が常に一致するとは限らない。慢心すれば古海淳と同じ結末になりかねないのだ。


 視界が開け、ゴーレムの拳が見える。


「危ねっ!」


 すかさず横に避ける。ゴーレムの拳が、スレスレを通り抜けた。


 もし反応があと数秒遅ければ、【人竜融合】を使っていなければ、ゴーレムの攻撃は直撃していただろう。死と生は紙一重らしい。


 拳を振ったことで、ゴーレムに隙が生まれた。その好機を逃さず、 黒剣で攻める。


 剣が当たる。ゴーレムは復活前に比べてやや硬いらしく、思ったよりも傷が入らない。


 赤い斑点はもうない。弱点は自分で探すしかない。


 十数連撃の後、距離をとる。また、ゴーレムが動き出したからだ。


 ゴーレムの攻撃、俺の反撃。それが、幾度か繰り返される。


「……キリがないな」


 俺の恐れていた体力負けという末路が頭をもたげる。


 終わりの見えない戦いには忍耐力が必要で、それが俺に欠けている要素であることは疑いえない。


 先手必勝、短期戦を基本としている以上、長期戦は鬼門だ。


 長期戦が鬼門であるから、得意な短期戦を求める。短期戦を求めることで、苦手な長期戦への対策が雑になる。


「いい加減倒れろ!」


 ダメージは着実に蓄積しているはずだ。現に、あちらの動きは鈍くなっている。


 たとい斑点がなくとも、これまでの攻撃のおかげでダメージが入りやすい部位というものはおぼろげながら掴みつつある。


 剣を振るうスピードが上がり、込める力が増す。


 攻撃と回避のリズムを刻み、討伐という未来に向け、バイオリズムと生存本能が愉快にタップダンスを繰り広げる。



 ダンスの終わりはふと訪れた。


 ゴーレムの体は崩壊の道を辿った。


 たゆみない連撃は、岩をも深く切り裂いて奴を再起不能に陥らせた。


 二度目を迎えた討伐は、開放感より虚しさが己の心を強く占めた。


 古見淳の仇はとった。決して楽な戦いではなかった。それでも、心が満たされることはない。


 がしゃりと砕けた巨体は、すこしずつ消失していく。


 命を失ったモンスターの末路だ。モンスターの強い弱いに関係なく、どれも同じである。


「これで、よかったんだよな」

『……さあな。汝の気持ちの問題だ』


 助けられなかった、助けようのなかったあのときより、俺は確実に強くなった。


 ゴーレム討伐という結果が、何よりの証左である。


 しかし……。


「やっぱり、俺はもう失いたくない。古海淳までだ」

『……そうか』


 ゴーレムが完全に消滅し、魔石が残る。


 魔石は他のモンスターより大きかった。


「これは?」


 魔石の他にアイテムがドロップしていた。


【守護岩の欠片かけら】。手のひらに収まるほどの大きさだ。


 打撃戦の際に、戦闘が長引くほどダメージが増していく効果があるらしい。長期戦にはもってこいだ。


 ……かくして、ゴーレムを討伐した俺は、隠し部屋を去った。

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