第29話 ゴーレム討伐②

 隠し扉の場所を発見するのは、想定よりも困難だった。


 ダンジョンは広い。一般的なダンジョンは、一度に数千人、場合によっては数万人もの人間を収容できる。


 舞風ダンジョンも同様だ。すこし狭いとはいっても、充分な広さを誇っている。


 ときおり探索者と遭遇するが、混み具合は場所によりけりで、空いている通路も多い。


 隠し部屋があったと思わしき通路は空いていた。先へ先へと進むごとに、人の姿は減っていく。


 ついに俺だけとなった。


「……クサいな」

『なぜそう思うのだ?』

「探索者の勘、ってやつだろうか」

初心者ビギナーがよくいうわ』

「いや、初心者ビギナーだからこそ、だ。未来の上級者エキスパートでありたいからな」

『理解に苦しむな……まあよい。ただ、汝自身の実力を見誤るなよ』


 黒神竜の言葉を胸に刻み込みつつ、先へと進んでいく。


 隠し扉が開く条件。それが、前回と異なっている可能性は捨てきれなかった。ダンジョンは生きていて、不変のものではない。


 開くかどうか不安だったが、朧げながら思い出される過去の記憶をもとに、隠し扉を開けることに成功しえた。


「うまくいったらしいな」


 ゴゴゴ、と音を立て、壁が横にスライドしていく。


『記憶力だけはいいらしいな』

「嫌味か? 学校のテストはからきしだめなんだが」

『私にはわからないが……学校のテストで高得点を取ることと、ダンジョンでの攻略がうまいことに、なにか関係があるとでもいうのか?』

「……黒神竜。あんた、知ってていってんだろ? あんた兄さんから人間世界のこときいてるだろうし」

『むろん。汝より人間の勉強とやらはできるかもしれないな』


 兄さんは勉強ができるタイプだった。努力型であり、秀才というのがふさわしい。


 常に兄さんは憧れだった。どんなことでも俺の先に立ちはだかっていて、追い越すことができない。


「……おしゃべりはここまでらしい」


 隠し扉を抜け、しばらく歩くと――。


『正真正銘、ゴーレムだな』


 前回見たときよりも、ひとまわり大きいと見える。こちらに背を見せているので、顔は見えない。


 ゴーレムの体は、複数の巨大な岩で構成されている。全身に斑点があり、魔石に似た赤紫色を光らせている。


 ゴゴゴゴ……。


 ゴーレムは、こちらの侵入をようやく知覚したらしい。おもむろに、かつ大胆にふりかえる。


「いざっ!」


 黒神竜に乗る。氷、炎、雷といったブレスでの攻撃を重ねる。ゴーレムの全身をブレスは覆ったものの、効果はまるでない。ゴーレムの動きはないに等しい。


「くっ! 効かないのか!」


 ブレスによる攻撃は、多くの戦闘で決定打となりえる強力なものだ。今回は珍しく、効果がないという状況。


 MPを無視することはできない。戦略を変えなければらちが明かない。


 黒神竜から降り、いつもの詠唱。


「……【人竜融合】」


 身体に変化が生じる。ゴツゴツとした鱗が全身に馴染んでいく。


「参る!」


 黒剣を強く握る。大股で一気に距離をつめる。助走の勢いを活かして飛び上がり、ゴーレムに黒剣を振るう。


 キィン、と甲高い音が鳴り響く。連続して攻撃をおこなったものの、さほど効いていないらしい。体の表面がやや傷ついただけでは、びくともしなかった。


 この攻撃を受けて、ゴーレムの巨大な腕が、ゆっくりと伸びていく。


「ブレスよりは、効いているらしいな」


 この方針で構わないだろう。


 避けるのは簡単だが、拳が地面に衝突したことで、地面が震えた。あんなのをまともに食らってしまえば、ひとたまりもないだろう。


 今くらいの鈍さであれば、攻撃を避け続けるのは難しくないかもしれない。


 問題なのは、あれがゴーレムの全力のスピードであるか。また、長期戦に持ち込まれたときに、絶対に拳を回避できるといいきれるのか。そのふたつだ。


 なんとか短期決戦に持っていきたい。


「してみると、弱点を探すしかないな」


 急所はどこか。巨体のいたるところに攻撃を仕掛ける。


「……ん?」


 芯を捉えたような感覚。剣が当たっていたのは、煌々と光る斑点だった。


 すべての斑点が急所というわけでもないようで、当たり外れがあった。


 斑点は硬度が異なっていて、傷がつきやすい。


「よし、ここを潰そうッ!!」


 徹底的に斑点を潰していく。至るところにそれはある。


 足を攻める。背後に回り込んで斬る。ゴーレムの腕を足場にして駆け上がって叩く。


「いい……これだよこれ……!」


 モンスターとの戦闘には、大いなる快感がともなう。


 今もそうだ。ゴーレムに傷をつけるたび、全身に熱がたぎる。


「ハァアアアアッ!!」


 剣がぶつかり、火花を散らした。幾度切りこもうとも、死にいく気配はない。


 第六感の探索者、古海淳の生命を奪った実力は揺るぎないようだ。かなりしぶとい相手であることは確かだ。


 斑点が片っ端から砕かれる。


 残り数は四つ、三つ、……。


 最後のひとつが砕かれた。


 ゴグアァァアァ!!


 叫び声とともに、ゴーレムの体が崩壊する。


 繋がっていた岩同士が離れ、どかりと落ちる。


「……やったか?」

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