第27話 決戦! 風神竜 その三

「くっ、本当に勝てるんだろうな……」


 自分には【早熟アーリーブルーム】というユニークスキルがある。

 この力がうまく活きさえすれば、今の現状を打破できるかもしれない────。


 甘い期待が、そう簡単に叶うはずがない。


 体感だと、戦闘がはじまって三十分は経っている。

【魔風領域】は、ずっと使っていられるようなものではなかった。消費する魔力はばかにならないようだった。【魔風領域】が解除されたタイミングを見越して、こちらが少しずつ攻撃を仕掛けていく。


 もはや消耗戦に近かった。

 風神竜の攻撃は何度もこちらに当たってしまった。有栖のような少しの傷だけでなく、ぱっくり切断されるかいなかの際どい傷もあった。ここがダンジョンでなかっ

 たら、どうなっていたか。


 心優の回復があるとはいえ、攻撃が当たってしまったときの痛みは悶絶もの。それが何度か繰り返されれば、当たることを過度に恐れるようになるのも当然といえた。


『まさかこの私を前にして、まだ生き残っているとは……』


 風神竜の【魔風領域】が解除される。

 ここが、攻めるチャンス。


「こちとらあんたに屈服して死んでる場合じゃあないんだよ!」


 神竜を操り、敵に肉薄する。


「【竜の雷撃ドラゴンライトニング】!!」


 この雷撃を何度見たことだろうか。

 くりかえしくりかえし撃っても、終わりが見えない。


 意識が怪しくなってくる。MP切れをいつ起こしてもおかしくない。心優が持ってきた所持していた魔石も、底をつきそうな勢いだ。

 有栖の方も、こちら以上に厳しいらしかった。心優の回復を受けても、攻撃の威力が低下しつつある。


『その攻撃など無駄だッ! 勝つのは私だ。君たちに勝機はないのだよ。』

「勝てるか勝てないか、じゃない。俺たちは勝つんだ!」


 どうにか自分を鼓舞する。

 風神竜は余裕さを強調しているが、体力が削られていることは確かだ。こちらと同様、動きの鈍さが目につくし、何より【魔風領域】の稼働時間が回数を追うごとに短くなっている。


「そういっている割には、まだ勝てていなんだねぇ……これが【ダンジョンボス】の実力だというのかい? まさか、ここまでの長期戦ははじめてだったりするのかい?」


 意識が飛びかけている有栖が問うた。何度も自爆を行なったせいで、体に疲労が蓄積している。


『私を侮辱する気か! この身の程知らずが!』



 ────そうか。



 俺はようやく気づけた。


 これまで負け知らずの風神竜。短期決戦は得意なのだろうが、長期戦は不慣れなのかもしれない。


 そろそろ風神竜にも大きな隙が生まれ、攻め込めるタイミングというのが訪れるだろう。


 ただ、それはこちらも同じことがいえる。これまでの戦いは、一撃で仕留めるケースがかなり多かったといえる。というのも、その程度のモンスターや人間としか遭遇しなかったからだ。


 たとえチャンスが来たとしても、そのときに疲労困憊ひろうこんぱいの状態となってしまったら意味がない。


竜の雷撃ドラゴンライトニング】も、【氷の咆哮アイスブレス】も、【殲滅魔導追尾砲】(これは使用済みだった)も、じわじわとダメージを与えられているが、決定打にはつながっていない。


 果たしてこの状況を切り返せるような技はないだろうか?


「……神竜、何かいい考えはないか?」

『汝よ、焦る気持ちはわかる。だが、私からは答えられない』

「神竜、なぜだ! もう打てる手がないんだ。君にしか頼れないんだ!」

『汝には力があるだろう。それを使え。己にもう一度、落ち着いて問いかけるのだ。いま必要なのは何か、と。まずは深呼吸だ。焦っているときこそ、気持ちを落ち着けるに尽きる』

「……ああ、わかったよ」


 風神竜が動きはじめる気配は、まだない。相棒の上で、俺は目をつむり、呼吸を整えた。



 ────風神竜の厄介なところはなんだ?


 底の見えない体力と、【魔風領域】だ。



 ────いま困っているのはなんだ?


 相手の体力を削り切るだけの技と魔力が残されていない。俺たちの体もそろそろ限界に近い。


 ────どうしたら勝てる?


 俺を悩ますものさえなくなれば、勝てない相手ではない……。


 ────まだ使っていない技はなんだ?


 まだ使っていない技……。


 そういえば、まだ【人竜融合】は使っていない。今回の戦いでは、必要ないと見切っていた。

 新たな技を取得できるかは正直賭けである。ならば、使うのを躊躇っていたスキルを使うだけだ。可能性がまだ残されているなら、試す価値はある。


「神竜、なんで忘れてたんだろうな……俺の戦い方を」

『はじめからそうすればよかったものを。視野が狭くなりすぎだ』

「……それじゃあ、いかせてもらうぜ」

『さあ、ここからだぞ、汝よ』


「【人竜融合】!」


 神竜が少しずつ粒子レベルまで分解されていく。そして、俺を纏っていく。

 漆黒の装甲に完全に身を包まれていく────!


 ふつうなら、ここで地面に落下してしまいそうなところだが。

 俺はなぜか、まだ空中に残っていた。

 肩のあたりから、漆黒の翼が幾重にも重なって生えている。


「神竜、これはどういうことだ?」

『フ、なるほどな……忘れたか? たぶんこれは、【神竜の加護】の効果だろうな』


 俺はステータスバンドをタップし、スキルを確認する。


 ____________

【神竜の加護】

 残りのMPとHPが一割を下回ったときに、0.9パーセントの確率で発動することがある。

 MPとHPを大幅に回復し、攻撃力を大幅に向上させる。また、新たな能力が一時的に発現することもある。

 ____________


「まさにぴったりのスキルじゃないか!」

『このタイミングで引き当てるとは。やるじゃあないか。さあ、いけ、汝よ』

「ああ!」


 心優も有栖も、ただ呆気に取られているだけだった。


「まさしくあれは天使……いや、悪魔だろうか……いずれにしても、この力は……」

『な、なんという魔力ッ! く、隠していたのか、人間』

「隠してなんかいないさ、奇跡ってやつだ!」


 俺は黒剣を引き抜く。

 羽を操り、風神竜との距離をつめる。


『こんなのまやかしにすぎない。喰らえ!』


【魔風領域】がいくばくもなく展開される。

 しかし、それは無意味。

【人竜融合】中の俺にとっては、その攻撃など痛くもなかった。


『まだだ!』


【空斬】も飛んでくる。

 たとえ【空斬】だとしても、動きが俊敏になったいま、攻撃の間隙をぬうのは容易い。


「喰らえ!」


 黒剣の刀身は、なぜか伸びていた。これなら、竜を斬るのも、無理ではないように思えた。


『くッ!!』


 黒剣、一閃。


 そして、連撃。それは、数分に及ぶ。


『……グワァァァァ!!』


 風神竜の断末魔が上がった。


「最後!」


 とどめの一撃を喰らわせる。


 剣を振り抜くと、刀身は元に戻っていた。

 鞘に戻す。

 

 風神竜は巨大な魔石を残し、その姿を灰に変えてしまった。

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