第24話 ダンジョンボスのトラウマ

 最下層に続くであろう螺旋階段を下る。ここから先、どう攻められるのか読めたものではない。奇襲を喰らって全滅、というのは絶対に避けたいものだ。


 段を降りるたび、吹き付ける風は強くなる。きっと、【ダンジョンボス】によるものなのだろう。となれば、敵は風系のモンスターと見ていいだろう。


「なあ、有栖」


 先頭を歩く彼女が、足を止めて振り返った。


「どうしたんだい? 遺言でも残すつもりなのかい」

「冗談でもそれはよせ。俺たちは全員生きて帰る。そして────」

「やめておいた方がいいんじゃないかな。下手するとキミ、死亡フラグを立ててしまいそうだから」


 有栖は何の心配もなさそうだが、対照的に後方の心優の様子がおかしい。

 膝を絶え間なく震わせている。表情が険しく、口数も少ない。目はまるで焦点があっておらず、視線があちこちに飛んでいる。


「八ツ橋、平気なのか? 厳しかったらここから引いてもいいんだぞ」

「大丈夫、私は大丈夫……そうよ、私は大丈夫……」


『大丈夫』と呪文のように唱え続けている。心優の精神状態がおかしいことくらい、さすがの俺でもわかった。


「それを大丈夫とはいわない。無理して心優の精神状態がさらに悪化すれば、戦いに支障がきたす。命はたった一つしかないんだ。だから────」

「キミ。今の心優クンに話は通じないよ。話をするのは、彼女が落ち着いてからだ!」


 この先に、【ダンジョンボス】がいる。


 ────【ダンジョンボス】を、少しでも早く見てみたい。


 そんな誘惑に駆られ、俺も周りが見えなくなっていた。あきらかに会話が成立しない状況だと、判断できていなかった。


 いったん引き返し、心優を床に寝かせた。冷や汗をびっしょりとかいていた。まぶたは開いておらず、意識があるか怪しい状況だ。

 有栖は腰巾着から魔石を取り出し、心優の口に含ませた。魔石はみるみるとけ、彼女の体に取り込まれる。


 少しすると、心優は体力を戻した。


「ごめんなさい、心配をかけて」

「いいんだ。謝るのはこちらの方だ。心優の異変に気づけなかった。すまない」

「仕方ないからいいんです。私の責任です」

「それで、心優クン。嫌なことを聞くようなんだが、なぜ〝あのような状況〟に陥ったのか、教えてもらえるかな? もちろん、無理のない範囲でいいんだ」

「……思い出したくない、おぞましい過去の記憶が蘇ったんです。場所は、このダンジョンの最下層」

「「最下層!?」」


 これまで、最下層についての情報はさほど明らかになっていなかった。


「ずっと、心の中にしまいこんで、忘れようとしてきたんです。でも、ここに来てふと甦ったんです……」


 心優によれば、過去に【ダンジョンボス】の討伐を目指し、パーティーでこの階層まで降り立ったという。


 最下層へ到達し、戦闘をした結果────十数人というそれなりに大所帯だったパーティーのメンバーは、心優だけを残して帰らぬ人となったという。


「あまりいい思いのないパーティーでした。それでも、元仲間だった者が、目の前でバタバタ惨い死体が生み出される様子に茫然自失ぼうぜんじしつとなるのは。自然なことでした」


 心優は一度呼吸を整え、話を再開する。


「酷い有様でした……思い出しました。【ダンジョンボス】は翡翠色をした鱗を持つ竜でした。自由自在に操られた風は、刃のように鋭く、速く、残忍でした。たかが風、されど風。みるみるうちに、みんな八つ裂きにされるか、竜巻の中でも揉まれて肉片と化すか」

「……」

「私もこのまま死ぬんだと思っていました。でも、私はそこで死ぬことを許されなかった。私の存在を感知しなかったらしく、姿を消したんです。私だけが、生き残ってしまった。私だけが……自責の念に駆られました。でも、いつの間にか耐えられなくなって……今日の今日まで、ずっと封印されていたんだと思います」


 心優は静かに泣いていた。


「辛かっただろうに、語ってくれてありがとう」


 パーティーがほぼ全滅。当時のメンバーのレベルが読めないからなんともいえないが、速いスピードで風を操れるのはたしかなようだった。


「胸の内を吐露してくれただけありがたいよ。帰ってもいいんだよ」

「……いいえ」


 即答だった。


「正直、【ダンジョンボス】のことはトラウマ。でも、だからといって逃げるわけにはいかない。ここでいかなきゃ、忌々しい記憶は亡霊のように離れてくれようとしないよ、ずっと」


 心優は涙をぬぐう。


「────今回は、私のために戦わせて。お願い」

「もちろんだ。過去を乗り越える覚悟があるなら、先に進もう」

「私もそれに同意する」

「ふたりとも……ありがとう」


 もう一度決意を固め、いよいよ【ダンジョンボス】の元へと向かう。

 螺旋階段を降りた先には、見覚えのある光景が広がっていた。


 コロッセオだ。古海淳二が死んだ、コロッセオに酷似している。それだけが一面に広がっていた。観客席もある。



 俺たちは、コロッセオの中央に目を奪われた。


 標的が、翡翠の翼をたたみ、佇んでいた。

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