第11話 後悔と回復術師

 古海は、死んだ。

 ゴーレムによってズタズタにされた体。首がなくなっている。脈はなかった。


「どうして、あんたまで……」


 たった数日しか接していないひとりの探索師だったが、死んで何も思わない男ではなかった。

 はじめて、こんな俺についてきてくれるといってくれた男が、こんなにもあっさり逝くなんて。きっとこれから、いい関係を築いていけると思っていたのに。


 なぜあんたまで……。


『男は、禁忌に触れた。だから死んだ。これは男の落ち度だ』

「神竜、いくらなんでもそれは冷たすぎないか? 仲間だった男が死んだんだぞ? 何も思わずにいられるか?」


『汝はダンジョンを破滅へと導きたいのだろう。それなのになぜ、たかがひとり、会って数日の探索師に肩入れしているのだ。多少の犠牲くらい、受け入れないとやっていけないぞ』


「でもよ…… これってあんまりだろ……」


 膝をつき、古海の方へ歩み寄る。

 自分が不甲斐なくて、やりきれない思いを床に拳でぶつけた。


『男ひとりに執着を抱いていると、これから先、仲間が死ぬたび苦しむことになる。汝はこの男のことは、さっさと忘れるべきだ。これは運命だった。変えようがない。禁忌は禁忌なのだから』

「……神竜、禁忌っていうのはなんだ」

『安易に真実を知ろうとしたことさ。汝に伝えられるのはその程度だ』


 古海の死はきっと忘れられない。そして、忘れてはいけない。

 兄の死と同じだ。ないがしろにしてはいけない。

 形見として、古海の折れた短剣の柄の方を、俺は持ち帰ることにした。


「────古海のおっさん。あんた、ついてなかったな」


 薄情だ。でも、このくらい強い言葉を使わないと、決別できそうになかった。

 踵を返す。後ろを振り返ることはしない。


 来た道をたどると、どうにか壁画の部屋へと戻れた。


「古海の死体はどうなる」

『ダンジョンで人が生命活動を停止したと判断されたとき、勝手に支部の方へ転送される仕組みだ』


 兄さんの死体も、そうやって転送されたのだろう。


「神竜。今後、俺は人と距離を詰めることを控えようと思う。共に戦う同士は作るが、仲間は作らない。その方が、死なれたときに苦しくなくて済むからな」

『そうか。汝の好きにすればいい』



 枝分かれした道をいくつか曲がると、モンスターに出くわした。

 天井付近を飛び回る、一羽の鳥。


 ──────────────────

 ワシ Lv70

 ──────────────────


「クアアアア!!」

「失せろ、うるせえんだよ。【人竜融合】!」


 滑空してくるワシに、黒剣を合わせる。

 体を引き裂いてやろうと思ったが、意外と力が強く、うまく押し切れない。

 剣を鉤爪で押さえつけられていて、下手に動けない。


「めんどくせえんだよ、鳥公」


 どうにか振り払おうにも、ワシの重さもあって力負けしている。


「クアアア!!」


 剣で斬られる心配がないとみたワシは、鉤爪から剣を離し、一旦距離をとった。


 そして。


 目にも止まらぬ速さで、こちらの左腕を二回、グッと抉った。

 血がぼたぼたと垂れていく。腕は焼けるように熱い。痛くてしかたないが、それに構ってる場合ではない。


「俺の腕を痛めつけやがって!」


 こちらが剣を出すと、鳥公はまた鉤爪を出そうと腹の方をこちらに見せながら迫ってくる。

 ここで俺は、ようやく倒し方に閃いた。


「……そうじゃねえか。前ばっか気にしてたら、後ろの心配なんてしないもんな」


 ワシに向かって背を見せる。

 これは、敗北宣言ではない。勝利宣言だ。


「【バック・ステップ】」


 タイミングを見計らい、俺は一気に鳥公の背後をとる。

 加速して時間が経つ鳥公は、いまさら切り返せるはずもない。


 なぜなら。


「俺の攻撃を防ぐ前に、お前は殺されているからだッ!」


 ────ガラ空きだった背中に、一閃。


 断末魔の悲鳴が聞こえぬうちに剣を抜き、二回、三回と刺しては抜いた。


「ようやくスキルってもんをうまく使えたな……」


 鳥公はいつの間にか姿を消していた。


 一仕事を終え、床に腰掛けていると。


「いってぇ……」


 そういえば、左腕を抉られていたことを思い出した。

 血がまだポタポタと垂れている。また激痛が走り出す。戦いの最中は興奮状態だから気にならなかっただけだったらしい。

 いったん【人竜融合】を解く。鱗がないと、思ったよりも傷が深かったのだとわかる。


「神竜、この傷、どうにかならないのか?」

『汝に対して私ができることはない。治療用のアイテムか、それか……』

「ないならどうすればいいってか? なんにせよ、ダメならまずはダンジョンを出なくっちゃな……」


 そう思い、腕を押さえながら立ち上がると。


「あの、その傷、大丈夫ですか?」


 目線の先には、華奢な女の子がいた。それも、とびきり可愛い女の子が。


「いや、今から俺はここを出て、病院で治療を受けるから……」

「それなら、私が治してあげます!」

「君が?」

「はい。私が、です」

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