はじめてのおつかいに挑んだ幼いエルフが、家を出てから三年が経過しました。まだ帰ってくる様子はありません。

小嶋ハッタヤ@夏の夕暮れ

1197回目の出会い

 人里離れた森の奥、幾重にも張られた結界を超えた先。そこに『意思を持つ老樹』ハオマが居る。

「ハオマさん、おはようございます!」

「ララノア、今日は早いな」

 ララノア。長命なエルフではあるものの、生まれてから日は浅い。まだまだ世間を知らぬ、幼い少女であった。

「それじゃあ、今日も始めますか!」

「頑張れよ。儂は見守ってやる」

 ハオマは孫をあやす祖父のように言った。しかし、ララノアが放ったのは魔法だ。弱い魔獣であれば一撃で倒せるほどの威力を持った魔法を、老樹に惜しみなくぶつけた。

「ああ、もっと上のほうがいいな。最近肩のコリがひどくてなあ」

「老樹も肩がこるものなんですか!? というか肩ってどこ!」

 ララノアはひたすら魔法をぶつけたが、ハオマには傷一つつかない。いつしかララノアの魔力は底を尽き、ばたんと倒れてしまった。

「おお、今日はこれで終わりかい。ご苦労さん」

「いつか……必ず……倒します、からね……」

 その言葉を最後に、ララノアは意識を失ってしまった。




「目覚めてすぐに飲む樹液は最高ですね! ありがとうございます!」

「お前さんがここで押っぬのは勝手だが、それだと儂が殺したようで寝覚めが悪いからな」

 ララノアは樹液のおかげですぐに体力を取り戻した。だがハオマと戦うわけではない。今日の決闘はもう終わったのだ。

「しかしまあ、ここまで儂の樹液をすする奴は初めてだよ。お前さん、そのうち虫か何かに変わるんじゃないのかい?」

「虫っ!? いやでも、ハオマさんの樹液が美味しいから、ついつい……」

「エルフは草食だって話だが、お前さんも樹液ばかり飲んでないで、たまにはキノコとか菜の花とか食べたほうがいいんじゃないのかい」

「たまに人里に下りてお野菜のスープとか食べてますから!」

「自分では作れないんだな」

「……いつかは作れるようになる予定ですっ!」

 こうして、ララノアと老樹ハオマとの和やかな談笑の時間が始まった。


 生きとし生けるものはすべて属性エレメントを持つ。ララノアは土属性だ。無論、ハオマも同じである。火・風・水・土の属性エレメントは生まれつき固定で変わらない。

 老樹ハオマの居る場所には、幾重にも結界が張られている。ハオマの絶大なる力が為せる技だ。

 結界はよこしまな者や凶悪な魔獣を弾き出し、森に安寧をもたらしている。ハオマから許しを得た者のみが、立ち入りを許されるのだ。

「儂も樹齢にして千年は超えるがよ、お前さんみたいなのは初めてだよ」

「似た者同士だからすぐに仲良くなれましたよね!」

「だからってあんなことになるなんざ、想定外だったがね」

 ララノアはハオマと属性エレメントが同じなだけでなく、波長や気風までもが奇跡的に合致していた。術者ハオマは結界の影響を受けないのは当然だが、その術者と限りなく近い存在もまた、同じなのだ。

 彼女は厳重な結界をすべて素通りしてしまったのだ。

「本来ならよ、ここへやって来るのは一握りの賢者くらいのもんだ。ただのエルフ、それもお前さんみたいに幼いひよっこが来るなんて初めての経験だよ」

「未熟者なのは自覚しています。けれどいつかはハオマさんを倒してみせますから!」

「ろくに攻撃が通用しないのにか? いかにエルフとはいえ、儂を倒せるほどの時間を費やせるのかねえ」

 ハオマとララノア。すべてが合致しているがゆえに、お互いの魔法が無効化してしまうのだ。

「しかしまあ『一人ソロで老樹ハオマを狩ってこい』だなんて、お前さんも災難だったな」

「はい。でもお母さまとお父さまが、はじめてわたしを頼ってくれたのです。頼まれたおつかいを立派に果たすのが子の務め。だから期待には応えないと!」

「儂にはとんでもねえ両親としか思えないがね。属性エレメントが同じならやれるとでも思ってたのか? それとも……」

 ララノアはここに来て三年以上の月日が経っている。両親からの言いつけを真摯に守り抜いた結果だ。

「まあいいか。お前さんも好きなだけここに居ればいい。『はじめてのおつかい』とやらがかなうかどうかは横に置いておくとしてな」

「ふふん、その日も近いかもしれませんよ?」

 ララノアは手のひらに火球を作り出して見せた。

「ほう。土属性のお前さんが反対属性の魔法を行使してみせるか。火の力であれば、儂を焼き尽くすことも出来るかもしれんな」

「お家に居た頃を思い出して、見様見真似でやってみたら出来たんです!」

 と言っているうちに火球は勢いをなくして消えてしまった。

「はは。まだまだ問題は多いようだな」




 長く続いた決闘の毎日。その実、「決闘」という言葉からはかけ離れた、穏やかな日々。

 だがその日常も、唐突に終わりを告げた。

 ララノアが目を覚ますと、辺り一面が炎で覆われていた。

「これはどういうこと!? 結界があるはずなのに!」

 うろたえるララノアであったが、自身にはまるで火の熱さが感じられないことに気付いた。

「安心しなさいララノア。あなたには決して害を為さないようにしているから」

 ララノアが三年ぶりに聞いた、その声の主。

「お姉ちゃんが助けに来てあげたからね!」

 火属性の上級魔法使いであり、ララノアの姉であるナルルースだった。

「おいおい、儂の森になんてことしやがる。そもそも結界はどうした?」

「あんなもの、すべて焼き尽くして差し上げましたわ」

「チッ、百年に一度は居るんだよな。ゴリ押しで立ち入ろうとする輩がよ」

 ナルルースは遠慮なく炎を撒き散らした。

「老樹ハオマ! 我が愛しのララノアを手中に収めようとした罪、怒りの大火によってのみ贖われると知りなさい!」

「お、お姉ちゃん! やりすぎだよ!」

「心配しないで。ちょっと老樹を痛めつけてやるだけだから。さ、早く二人でおうちに帰りましょう?」

「でも、まだおつかいが終わってない! わたしは、わたしの力だけでハオマさんに勝たないといけないの!」

「勝つ? あなた何を言っているの? 多少のダメージを与えるならともかく、老樹ハオマを倒すなんて、私でも」

 言うやいなや、ナルルースの身が硬直した。数多の植物によって縛り上げられたのだ。

「やれやれ。ここまで来れたことは賞賛に値するがね。でも森を焼くのはいけない」

「くッ! 私としたことが、油断したかッ!」

「このまま縊り殺されるか、火を止めるか。どちらか選べ」

 ハオマが冷たく言うと、ナルルースは「分かったわよ」と魔法の行使を止めた。


 鎮火を終え、ナルルースはララノアに問うた。

「あなた、そもそもなんでこんなところに居るの?」

「え。それはもちろん、おつかいで」

「だったら町へ行けば良かったでしょう。あなた何をやっているの?」

「町ではハオマさんと戦えないでしょ? お姉ちゃんこそ何を言ってるの?」

「は?」

「え?」

 互いの認識に食い違いがあることに気付いたナルルースは、改めて聞いた。

「ララノア。あなたは父上や母上からどんなおつかいを頼まれたの?」

「お姉ちゃんも横で聞いてたよね?『ハオマを狩ってきなさい』って、そう言われたの」

「あれは『ハオマを買ってきなさい』って言ったのよ! ハオマは神薬のこと! 老樹ハオマ自身を倒してこいだなんて誰も言ってないわよ!」

 はあ、と大きなため息をつくナルルース。

「通りでおかしいと思ったわ……。ハオマを買うには大金が必要なのに、それも持っていかずに行っちゃったし。そもそも老樹ハオマなんて一介のエルフが倒せるわけないじゃないの」

「でも、聞き間違えてよかった。こうしてハオマさんと出会えたんだから」

「儂もいい暇つぶしになったよ。礼だ。ほれ、持ってけ」

 樹液……またの名を『神薬ハオマ』。それがなみなみと入った木の筒が十数本、どこからともなく現れた。

「ありがとうございます! 帰り道で喉が乾いたら飲みますね」

「いや待ってちょっと待って! こんな量の神薬ハオマ、見たことないわよ!」

 老樹ハオマの生み出す樹液には絶大なる治癒力があり、多くの人々が喉から手が出るほど欲しがる逸品だ。しかしハオマはよほどのことがないかぎりそれを他者に渡したりはしない。一部の商人が、ほんのわずかの量を所有するだけにとどまっていた。

「え、ララノア。あなた神薬ハオマを毎日飲んでたの?」

「はい。美味しかったです」

「……あなたが飲んだ量だけで、小国の国家予算に匹敵するわよ」

 ララノアはいまいちピンと来ていない様子だった。

「それじゃあさよならだ。ララノア、達者で暮らせよ」

「何言ってるんですかハオマさん。さよなら、じゃないですよ」

 ララノアは、屈託のない笑顔で。

「また会いましょう! 私たち、お友達なんですから!」

「ふふ。嬉しいねえ。じゃあお前さんよりは長生きしないといけなさそうだ」

 エルフと老樹。不思議な関係性は、これからも続いていくのだった。 

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はじめてのおつかいに挑んだ幼いエルフが、家を出てから三年が経過しました。まだ帰ってくる様子はありません。 小嶋ハッタヤ@夏の夕暮れ @F-B

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